山崎みやこが飲み物を、そして対談相手がおつまみを用意して、気になるあれこれ、どうでもいいあれこれを話す、雑談のような対談。ちょいと、一杯いかがですか。どうぞお楽しみください。

山崎
こんばんは。お邪魔します。
八犬堂に来るの久しぶり。
よろしくお願いします!
大久保
どもども。
よろしくお願いします。
これなに、どうすんの?録音してんの?
山崎
もうしてます!
大久保
じゃあ乾杯!
山崎
今日はハイボール、ご用意いたしました。
グラスも持参しました。
大久保
うまい。
みやこさん、普段ハイボール飲まないでしょ?。
自分の好きなお酒飲めばいいじゃん。
山崎
いや、いいんです。
今日は大久保さんに似合うお酒持ってきたから、それを一緒に飲む。
大久保
なんでなんで?なんでこれが俺に似合うと思ったの?
確かにウィスキー好きだけど、何故このウィスキーなの?
山崎
このラベル、すごい可愛いでしょ、オレンジで。
大久保さんっぽいなって。これはね、味もすごく美味しいウィスキーだから。
大久保
うんうん、可愛いね。僕ね、こういう毒々しい色好きだから。
僕はね、ここのカフェにご飯を頼んだの。
ここがね、野菜中心のヘルシーな食事を出すとこなの。
だもんで、みやこさんにぴったりだと思って。お酒のおつまみにするからって言ってお願いしたの。
山崎
めちゃくちゃ美味しそう。すてき。
大久保
みやこさん、肉食べるとどうなるんだっけ。
山崎
えっと、初めてステーキを食べた時に、興奮しちゃって、一睡も出来なかった。
大久保
それ、藤子不二雄さんと一緒よ。
藤子さんはお寺かなんかで育ったから、幼い頃は山菜とか野菜とかしか食べてなかったらしいの。
それで初めて手塚治虫先生のところに行ったときに、うな重を出してもらったんだけど、そんなもの食ったことないから、食べた瞬間に鼻血出ちゃったんだって、どーんって。
山崎
わはは。近い感じはあります。
これ、食べたい。いただきます。野菜が美味しそう、ひじきもある。
大久保
オクラ、うめぇ。
でもね、今日はこうやってヘルシーなものを用意したけど、ふだんは全然物足りないよ、これじゃ。
もっとがっつりしたもの食ってるから。
肉大好きだし。食になんのこだわりもないけど。
山崎
確か、立って食べるんですよね?
大久保
そう、立って食う。食事に費やす時間は5分。時間なんてかけない。
観光地に行ったり地方に出張に行っても、一人だったら松屋とか入っちゃう。
山崎
えぇ、謎すぎる!意味がわからない。
大久保
すぐ出る物じゃないと嫌なんだよね。
喫茶店に一人で行く人とかよくわかんない。家で飲めよって。
山崎
じゃあ、仕事も家でやるんだ。
大久保
うん、「カフェ」なんかで仕事しないよ。
山崎
そう思うとすごい。私はずっと家でやってると、集中力が切れるし、すぐ何か食べたり、本読んだりしちゃうから、仕事溜まってる時はあえてカフェに行きます。その方が捗る。
大久保
むしろ、家の方が好きな音楽かけられるし、なんなら裸でも出来るわけじゃん。
確かに学生時代の試験勉強ではそういう誘惑に勝てないってあったけどね。でもそれは無理やりやっていたから誘惑に勝てないわけで。仕事に(特に自営に)なっちゃうとそんなのないよ。
俺はね、カフェでパソコンいじっている人を見るたびに、何を気取ってんだ?って思ってしまう古い人間。
山崎
わはは。いや、あれはね、おそらく出来ないんだと思いますよ。
お金を払って、この環境にいるんだから仕事するぞって思わないと出来ない人たちなんですよ。
だって、疲れてるしもう眠りたい〜ってなるじゃない。
大久保
だってね、こんなこと言うと正論みたいだけど、やらなきゃいけないことがあるんだったら、どこであろうといつであろうとやるしかないじゃない。やらないと嫌じゃない?
山崎
だから、やるんですよ。早起きして、カフェに行って、店員さんは監視員みたいなイメージで(笑)。店員さんの前でウトウト出来ないから。
大久保
へぇ!おもしろい!!サラリーマンならわかるけど、自営の人がそうなるのっておもしろいね。
俺、自分でどんどん注ぐよ、ウィスキー。
山崎
どうぞどうぞ。
今日はいろいろ聞きたいことがあるんです。
大久保さんは初めてライヴハウスに出たのは何歳の時ですか?
大久保
18歳、高校生。
卒業間近の時に、当時組んでいたコピーバンドで記念にライヴをしようってなって。
原宿のロサンジェルスっていうライブハウスで。
山崎
へぇ、何のコピーやってたんですか?
大久保
ハノイロックスとかエアロスミスとかポイズンとかガンズ・アンド・ローゼズとか名前言ってもわからないような当時のバンドとか。最初はLAロックの流れなんだけど、その中でも比較的ハードじゃないサウンド、ハードロックよりはロックンロール寄りのバンドを好んで演奏していたと思う。
山崎
高校生の時点で、もう洋楽のコピーバンドなんだ!
大久保
そうそう。当時、邦楽は興味なかったから。
山崎
最初からずっとバンド少年ですか?
大久保
バンド少年ってより最初はね、ビートルズから入ったの。
ポンキッキって番組あるでしょ?
幼稚園から小学生低学年の時だと思うんだけど、あの番組は当時ビートルズをジングルで使っていて、幼き僕は完全に刷り込まれるわけ。
それから10年位経って、ビートルズのレコードがCD化された時に、まさにビートルズ世代である母親が買うんだよね。
それで僕が夢中になったの。中学2年生から大学までほぼ毎日聴いてた。
今日は1stアルバムの「プリーズプリーズミー」のポールがリードボーカルで歌ってる曲を歌う、明日はジョンっていうふうに。
山崎
それ、自分で決めてたんですか?
大久保
そう。自分で決めて、毎日やってたの。
山崎
へぇ、おもしろい。本当に子どもの頃から洋楽なんですね。
大久保
でも、洋楽から入りましたっていうのはかっこいい音楽歴ではあるけれど、それ以前はベストテンとか観て歌謡曲聴いていたよね。
小学生の時はさすがに邦楽よ。僕が今でも覚えてるのはあみん。
あみんの「待つわ」を小学4、5年生の頃友達といつも歌ってた。
でね、バンドっていいなって思ったのは何を隠そうC-C-B。
小学生の僕には凄く刺激的だった。不良じゃないのに髪の毛染めてて、ポップで、へぇって思った。
あとね、ドラムが歌う!っていうのがね。メンバーほぼ全員が歌うっていうのもすごくカッコいいって思った。
山崎
C-C-Bは衝撃でしたよね。
洋楽はどこから入っていったんですか?
大久保
中学に入ってから、ませた同級生たちが洋楽を聴いてて、その影響でベストヒットUSAを観るようになるの。ビルボードのヒットチャートをそのまま反映させて放送する、小林克也さんの番組。
それを片っ端から「YOU&I」っていうレンタルレコード屋さんで借りるの。
僕が中学生の時はユーロビートが全盛で。バナナラマとか、要は小室哲哉とかが後にやるようなやつ。
そういうのも全部借りてた。そうやって端から聴いているうちに自分の好きなジャンルがわかってくる。
山崎
当時のレンタル屋さんでも、そんなに揃ってたんですか。
大久保
そう、「YOU&I」って当時はすごく有名なレンタル屋で、もうガッチガチに揃ってたの。
昔は著作権の管理も曖昧だったから、発売したらすぐ店頭に置いてあって、とにかく借りまくった。
山崎
それを借りまくってダビングしてたんですか?
大久保
そう、テーブに。僕の唯一の趣味は「YOU&I」に行って、片っ端からレコードやCDをテープにダビングして聴くことだった。
中学生当時はね、ギターの音が嫌いだったの。歪んだエレキギターの音が。
だから、ギターの音の無い音楽ばかりを聴いてた。
山崎
例えばどんな?
大久保
OMDみたいなテクノっぽいのとか、打ち込みとか。
キーボードとかシンセとかが中心にあるような音楽や聴き心地の優しいポップスみたいな。
ちょっとでもギターがギューンってなってると嫌いだった。でもとにかくバンドがやりたかったの。
で、高校に入って、部活動を選ぶ期間があるんだけど、バンドがやりたかったから軽音楽部の演奏とか聴くじゃない?そしたらヘタクソでねぇ…歌も演奏も。確かブルーハーツかなんかをやってて。
こんなヘタな演奏する先輩のいる部活に入りたくないなぁと思っていたら、次に同じステージでジャズ研究会が演奏をするんだけどこれがすごく上手だったの。
俺はこっちに行きたいってジャズ研究会に入るの。
山崎
えぇーー!大久保さんがジャズ研!?
この楽器をやりたい、とかあったんですか?
大久保
ないよ。ただ、下手くそなところへは入りたくなかった。
というわけで、本当はバンドでボーカルやりたかったけど、あきらめて、ジャズ研究会でベースやるの。
なぜならポール・マッカートニーが好きだったから。
だから最初に触れた楽器はベース。
山崎
わぁ、びっくり。ジャズ研究会ってユニットとか組んでやるんですか?セッションみたいな感じ?
大久保
うん、でも当時はフュージョン全盛で、カシオペアとか、T・スクェアとかやるの。
山崎
おおくぼさんが、フュージョン?
大久保
全然面白くなかったの。
山崎
ジャズ研究会にいるような方って、やっぱりかなりのジャズ好きなんですか?
大久保
いや、全然。みんな普通にバンドやりたかっただけじゃないかな。
それでね、ある日クラスで、僕が高くて大きい声で笑っていたのを聞いていた同級生がいて、彼はバンドをやっていたんだけど、ボーカルやってくれないかって誘われるの。僕ならガンズが歌えるんじゃないかって。結果歌えなかったんだけど(笑)
それが全ての始まりかな。
山崎
そっか、ジャズ研究会は声も出さずにやっていたんですね。
大久保
もちろん、もちろん。インストしかやってなかった。
山崎
じゃあ、ボーカルで誘いがきたときは、やったー!って感じ?
大久保
いや、そうでもなくて。っていうのは、その貰った音源は僕の苦手な歪んだギターの音とかが入ってるのばっかりで。
エアロスミスとかハノイ・ロックスとか。
う〜ん、これやるのか、みたいな。
山崎
好きじゃないけど、やってみるかって感じだったんですね。
大久保
そうそう、とにかく高校3年間はひたすらそれをやってた。
で、Futtongのギター、はっしはこの頃、16歳から一緒にやってる。
山崎
えぇ!!長い。
大久保
ジャンルの好き嫌いはともかく、誘われたバンドが16歳にして皆すごいうまかった。だから続けられたっているのはあるかな。
ちなみにこのバンドのドラムが関口宏の息子だったという。
山崎
わぁ、そうなんだ。
当時、バンドをやってるというのはクラスの中ではどんな感じなんですか。浮いてたりとかしましたか?
大久保
いや全然。僕の通っていた高校の生徒は比較的皆大人びていたんだよね。バンドは単純に音楽好きな人がやるって感じ。バンドは不良がやるものっていう定説は70〜80年代だよね。
山崎
いや、それはやっぱり東京だからですよ。私の世代は目立った子がやるものでしたもん。
大久保
僕の高校は所謂ツッパリみたいな不良っていなかったからね。チーマー全盛の時代ですよ。ちょうどRAPとかHIPHOPが出始めた頃だし、悪い人やとがった人たちははそっちへ流れていったんじゃないかな〜。
山崎
そう思うと、東京だけがすごく先に行ってる気がする。大久保さんの方が年上なのに。
大久保
そうなのかなぁ。
とは言え、時代はバンドブームだったから、高校2年生の時に学園祭で教室を借りてライヴハウスのように仕立て上げて、ここで初めてライヴをするんだけど、たくさんの人が観に来たよ。
女子高生とかたくさんいた。だってうちの高校の学園祭、校門から列がはみ出るくらい女の子が並んでるんだもん。
山崎
わぉ、すごい。
あれですね、よくある音楽好きの少年がクラスで女子と話すことすら出来ず、中高まったくモテずに寂しく過ごしたみたいなエピソードとは無縁だったんですね。
大久保
全然ない、そういうのは。健全な高校生だったし、いわゆる劣等感みたいなのは全くなかった。自覚がないだけだったかもしれないけど。
山崎
俺たちプロになれるぜって思ったりしましたか?
大久保
いやぁ、そんなには思わなかったな。その頃はコピーバンドだったし。でも音楽がすごく好きでバンドは夢中になってやってた。
その頃にイカ天ってあったでしょ?仕事を持ちながらカッコいい音楽をやっている社会人バンドがけっこういて。それがすごく良いなって思ったの。
バンドマン!ってよりも、社会人として仕事もするけど好きな音楽もしっかりするっていう。
なんかね、バンドをやっている人たちにありがちな欠落した部分、みたいなのってあるでしょ。その美学みたいな。
もちろん、その反動で良い音楽出来るっていうのもあると思うけど。
僕はなんかやっぱり、日々、コツコツと働いて、嫌な思いもしながら頑張ってるサラリーマンがカッコいいと思うんだよね。
「毎日電車に揺られるサラリーマンなんてまっぴら」っていう物言いをする人が嫌だったんだよね。
山崎
今の時代の若者が言うならわかりますが、大久保さんの時代って、そういうこと言う人は少なかったんじゃないかなって気がする。時代がもっと、わぁっと盛り上がってたと言うか。音楽にしても。
大久保
そうそう、そうだよね。当時は楽器が演奏できるだけで人より秀でた感あったかもしれないけど、僕は音楽は誰でも出来ると思っているから。
っていうのは、僕は曲を作るにしても論理的に作るから。天から降りてくるとかじゃないし。
歌うたうのが苦手だったら楽器だけでもいいわけだし。だから、特別な事だと思わない。
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