山崎
なるほど。高校を出たら、大学に行くんですよね。大学は何科だったんですか?
大久保
仏文学科。
山崎
どうして仏文にしたんですか?
大久保
ねぇ、、、何の理由もないんだよね。
うちは付属校だったから高校三年生くらいになると希望学部のアンケートをやらされるわけ。
で、数週間後に結果が貼り出されるんだけど、唯一希望者がゼロだったのが仏文だったの。
山崎
へぇ、希望者ゼロなんてあるんだ。
大久保
そう、定員がたった2名なのに。
で、その話を同級生と話していたら、それを後ろで聞いていた担任の先生が、「仏文楽しいぞ。大久保行ってみたら?」って。
へぇそうかと思って、後ろの席の岡田君に「仏文面白いらしいよ、行かない?」って誘って、大久保と岡田で行ったの。
山崎
わぁ(笑)。
フランス文学は面白かったですか?
大久保
いや、正直あんまり面白いと思ったことはないんだよね。
読んでも、ハマったりもしなかった。
山崎
でも大久保さん、フランスに留学されてますよね。
それは、フランスに興味があって行ったわけですよね。
大久保
僕の世代、昭和47年生まれは、第一期ロストジェネレーションって言われているらしいんだけど、本格的に景気が悪くなり始めた時代で、とにかく求人が最小限に絞られてたの。しかも僕は第2次ベビーブーム世代だから、めちゃくちゃ人が多いわけ。
もう皆必死で仕事見つけるって言って、紺のスーツ着て、汗かきながら身を削りながら就職活動するじゃない。これはできないって思って。
山崎
ちょっとは活動したんですね。
大久保
ちょっとはしたよ。親の手前。でもただ職を得るためにここまで企業に媚びへつらって…企業もそれが当たり前っていう態度で面接して。。バブルの頃は逆だったと思うからね。
で、なんとか就職活動せずに親を説得させる方法無いかなって考えたんだよね。
それで留学しようって思ったの。
しかも1年間バイトして、自費で行けば、親も納得するだろうと思って。
要するにね、働くのを先延ばしにしただけ。逃避です。
山崎
そっか、でも頑張るサラリーマンになりたい話は?(笑)。
大久保
頑張るサラリーマンにはなりたかったけど、とにかくそれを得るための、あの就職活動がどうしても気に入らなかった。あれはおかしいです、今でもそう思う。
山崎
ご両親は賛成してくれたんですか?
大久保
そう、まんまとね(笑)。それで、一年間バイトした後にフランスに行ったの。
山崎
ってことは23,4歳くらいですよね。
大久保
そう、だからまわりの留学生より大人だったの。普通は学生時代に行ったりする子が多いから。
山崎
そうですよね。フランスに留学するにあたり、いろいろ調べたこととかあるんですか?
大久保
いや〜僕はね、そういう下調べが本当に苦手なの。
ほとんど何にも調べずに行った。
ただ、都会は嫌だから、なるべく田舎が良いと思ったの。
山崎
それは日本人が行ける学校みたいなところ?
大久保
そう、大学の付属の語学学校。
山崎
じゃあ、寮みたいなところで暮らしてたんですか・
大久保
それがね、ヨーロッパって9月から学校が始まるんだけど、さっき言ったように僕は下準備をしてなかったから、何にも決めないで8月くらいにふらっとフランスへ行ったんだよね。他の留学生はもっと早めに行って、自分の住まいを決めたりしてるんだけど。
行くのが遅すぎて家が全然見つかんなくて、ずっとホテル暮らししてたの。
山崎
わぉ、、空き家が無いってことですか?
大久保
そう、不動産屋や学生支援をしているサービスセンターみたいなところ行ったら、来るのが遅すぎるって言われた。
最初はフランス人と暮らした方がいいと思って、ホームステイがいいと思ってたんだけど、「ホームステイなんてもうどこも空いてませんよ、あなた」って言われて。どうしよう、、って思ってた時にたまたま日仏交流会っていうパーティみたいなのがあるのを聞いて、そこで出会ったフランス人にとあるところを紹介してもらったの。
山崎
一人暮らし用の家?
大久保
紹介してもらったのは、所謂下宿みたいなとこだよね。フランス人のおばちゃんがひとりで暮らしているアパートで。てか、その人はドイツ人なんだけど、40年前くらい前にフランスに来て、フランス人と結婚した人。
二人の子供がいたんだけど、もう大人になって出ていったから、その空いた部屋を貸してたの。だから、台所もお風呂も共同。
山崎
ほう、、そこで大久保青年のフランス暮らしが始まったんですね。
大久保
そう、始まった。
山崎
学校は毎日行ってたんですか?
大久保
うん、すごくまじめに行って、まじめに勉強してた。
山崎
単位みたいなものがあるんですか?
大久保
単位はないけど、試験があって、成績が良ければ次のレベルにいける。
山崎
へぇ、クラスは大体どんな割合なんですか。日本人も数人はいるの?
大久保
僕のクラスは日本人が俺以外に二人いた。圧倒的に多いのはスウェーデン人。
ヨーロッパって高校を卒業した時の成績で、バカロレアという大学に入るための免状をもらえるの。
だから高校生の卒業試験の成績が超重要。スウェーデンはバカロレアを獲得後、一年間海外に留学するお金を国が補助してくれるの。
山崎
すごい!!なんて素敵な国なんだろう。
大久保
でしょ。だから、高校卒業して大学入るまでの1、2年遊ぶ人とか多いみたいよ。てか、スウェーデン人はそんな人だらけだった。
他にはドイツ人、台湾人、スペイン人、デンマーク人、ノルウェー人、ロシア人…
山崎
本当にありとあらゆる方々がいるんですね。
授業が終わったら、みんなで遊んだり?
大久保
最初の頃は友達がなかなか出来なくて。
僕はそもそも、留学する前は、他の国の人と仲良くなんて絶対なれないって思ってたの。
山崎
へぇぇ、そうなの?
大久保
だって、言葉も違う、育った環境も文化も習慣も違う人と簡単に仲良くなんかなれっこない。
日本人同士だって友達をつくるのはそんなに簡単じゃないことなのに。
だから友達が出来るなんて期待は持たずに行った。
勉強出来れば良いと思ってた。思っていたけど、それは誤りだったね。
もう、友達がどしどし出来た。
山崎
そうですよね(笑)。だって他の人たちは当たり前に友達欲しいと思っているはすですよ。
留学にきて友達要らないなんて考え方、変だもの。
大久保
いや〜ほら、自分で言うのもなんだけど、僕ってキャッチーな人間だから、外国人であろうが知りあいは出来るわけ。だけど、友達って言ったってさ、好きな事を語り合える間柄って考えた時に、言葉だってちゃんと伝わる相手じゃないと難しいなって思ってたの。
でもね、日本人とはあまり同じ趣味をもたなかったもの、例えば好きな映画や本のこととか、フランスに来た方が同じものを好きな人がたくさんいて、それで一気に皆と仲良くなった。
山崎
そうやっていろんな国の方とお友達になったんですね。
やっぱりフランスの方が一番多かったですか?
大久保
これがそうとも限らなくて。
フランスってね、言わば巨大な農業国だからパリ以外は田舎町ばかりなんだよね。まわりのフランス人は映画とか音楽とか観たり聞いたりしてなかったし、していたとしても趣味があわない人が多かったかな。僕はフランスでも地方に住んでいたからね。
山崎
フランス人の女の子と恋に落ちたりしなかったんですか?
大久保
ないね(笑)。でも自慢じゃないけど、2回ナンパされた。
山崎
わぁ、どんな風にナンパされるんですか?
大久保
「日本人ですか。前も町でお見かけしたんですけど」って。
山崎
ひゅ〜、すごいなぁ。
大久保
すごいでしょ?俺ね、最初の半年位は、町でお店のウィンドウに映る自分の姿が本当に嫌で背を丸めて小さくして生活していたの。
ヨーロッパ人と比べて背も低いし、スタイルもアジア丸だしだし、、、って。
でも生活も慣れてきて、言葉も話せるようになって、心に余裕が出てくると変わってくるのね。
アジア人だから、、とかって、関係ないんだって思ったもの。負けてねぇぞって思った。
山崎
大久保さんが劣等感を持つっていうイメージが無かったです。
大久保
いやぁ、もうビビりまくりよ。
山崎
じゃあ、最初のうちは楽しい!って感じじゃなかったんですね。
大久保
もう全然、全然。そういう意味では自意識過剰だったんじゃない。
そんなん気にしなきゃいいのにさ。
山崎
それにしても女の子が自分の気に入った人に声をかけるっていうのがすごい。
文化の違いですね。日本の女の子はなかなかしないと思うんですよ。
大久保
あぁ、でも道もあるけど、学校とかもあったよ。
椅子に座ってると話しかけられたり。僕が外国人っていうのもあったんじゃないかな。
山崎
それしても、日本の女の子に比べたら、積極的だなって思います。
大久保
そうかもねぇ。留学をしてみたいって言う人いるけど、行けよって思うね。
僕はたいして目的もなく行ったけど、それでもとても楽しくて、有意義だったから。
行きたいと思うならもう考えずに今すぐ行けって思うよね。だいたい言うだけで行かねぇじゃん。行けっつうんだよ。
留学した事で意味があったかはわかんないけど、一番大きいのはいろんな国の人と友達になれたこと。
山崎
本当に考え方も暮らしの文化も全く違いますよね。
大久保
そう。結局2年間いて、日本人と一番馬が合うのはスウェーデン人っていう結論に達したの。
山崎
へぇぇ。そうなんだ。どういう点でですか?
大久保
まずね、初対面はシャイ。例えば、アメリカ人は最初から、「ヘ〜イッ」って感じでフレンドリーでしょ。日本人は引っ込み思案だし、特に外国人相手だと特にその傾向が強くなっちゃう。向こうから話しかけてくれる人って楽ちんだけど、実際はそんなに合わないの。アメリカ人って色々雑だし。スペインとかイタリアとかのラテン系の人達も同様に陽気なんだけど、カトリック系だから、非常に保守的なの。
日本人は宗教を下敷きとして生きてないから、どっかで合わなくなる。日本人は他者と距離感を持って付き合うのが普通だから。
山崎
なるほど。
大久保
そういう点でスウェーデン人は、ちょうど良いの。
あとね、ユーモアのセンス。何かわかりやすい面白い事でゲラゲラ笑うのも良いけど、「ちょっと見てあの人、なんかまゆげ変じゃない?」みたいなクスクス笑いのユーモア、これがね、スウェーデン人に通じるの。
山崎
わぁ、意外だ。すごく面白い。
大久保
だから僕はスウェーデン人達と一番仲良くなった。
山崎
ほぅー、センスが近いっていうのはびっくりです。日本にはあまりいらしてないですよね、スウェーデンの方。
大久保
そうなの、だからね、もったいないなって思う。
山崎
では、フランスでスウェーデン人の方やその他の国の方と仲良くなれたことが留学で大きかったことで、フランスの国自体の魅力とか、ここにもっと住んでいたい!っていうのはあんまりなかったんですか?
大久保
日本で暮らすよりマシって思った。
2年暮らしてみて、それくらい心地良かった。僕は本当はずっとフランスで暮らしたくて、向こうで就職活動もしてたの。
山崎
そうなんですね。
大久保
だけどうまくいかなかったから、戻ってきたけど、本当はずっといたかった。
山崎
2年暮らしてると戻ってきた当初は、違和感ありました?
大久保
うーん、でもさ、23、4歳まで日本にいるからね。よくさ、特にアメリカとかに行ってたやつが、たった1年くらいで思いっきりアメリカナイズされて戻ってきたりってあるでしょ。俺はね、あれは嘘だと思ってるんだよね。
だってさ20数年日本で暮らしてて、1年別の国に暮らしたからってそんなに変わるわけないじゃん。
よっぽどそいつが薄っぺらい人生を生きてたんだろうなって思っちゃう。
だから、2年で自分の根底からひっくりかえされるようなことはなかったかな。
でも、僕に人生に多大な影響を与えてくれたよ。
そうだな…変わったといえば、僕が留学している間に実家が引っ越したの。だから帰ってきた時に家がわからなかったことくらいかな?
山崎
あはは(笑)。当時、連絡はメールとかじゃないですよね?
大久保
メール自体はあったけど、したことなかったから、どうしてたっけなぁ。日本に着いて、電話した気がする。
山崎
帰ってきて、いよいよ仕事に就こうってなったんですか。
大久保
いや、しばらくは、ぼーっとしてたいって思って。
でね、たった2年だけど、日本の音楽シーンはけっこう移り変わりがあって。
最初にわぉって思ったのが中村一義。97年とか98年とかじゃないかな。
「金字塔」ってアルバムがあって。あの人多重録音で、アルバムはかなりビートルズを下敷きにつくっている感があって。
ああ、一人で音楽って出来るんだって思ったの。
それで初めて録音が出来る機材を買うの。
山崎
中村一義さん、新しかったですよね。
フランスから帰ってきて、今まで一緒にバンドをやっていたメンバーにスタジオ入ろうみたいな連絡はしなかったんですか?
大久保
そうなるまでにはちょっと時間がかかって。
今更誰もバンドやってくれないと思ったから、一人でやろうって。
でも就職した先に、児玉さんっていうバンドをやってた人がいて、何かのきっかけで一緒にやることになったの。オーギュスト、というバンド。
その児玉さんって人もボーカル・ギターだったから、ツインボーカルのバンドで。
そこで、初めてオリジナル楽曲を人前で演奏するの。
忘れもしない、新宿のヘッドパワー。
オーギュストで1998〜9年の約1年活動するんだけど、自分だけがボーカルのバンドをやりたくなっちゃって、それで"フラメンコギャラロー"を結成するの。1999年かな。
山崎
その時はもう働いているから社会人バンドですよね。
大久保
そうそうそう。フランス語の使える仕事を探してて、たまたま見つかったのが美術系の仕事だった。
山崎
あぁ、八犬堂の前に勤めてた会社ですよね。そこが長かったんですね。
大久保
でもそれが複雑で。最初働いて2年で辞めるの。
山崎
面白くなかった?
大久保
人間関係かな。僕いじめとか超苦手だから。ヒステリックな女の人が苦手だから。
山崎
大人のいじめ、、
大久保
辞めて音楽学校に就職するの。
ボイトレの先生や生徒を管理する主任になったの。だけど、音楽学校で働いている人のくせに音楽聴いていないし、参照するミュージシャンとかいちいちダサくて素人くさくてね。
音楽もろくすっぽ聴かないくせに偉そうなこと言っててね。
結局2週間で辞めちゃうの。
山崎
2週間、、、!(笑)。
大久保
で、路頭に迷うの。
山崎
それでもその気持ちを止められなかったんですね。
大久保
だって、こんな面白くないところで働いてもなって思って。
好きなものだから余計にね。
で、辞めちまえって。
その後、西洋骨董の会社に勤めるの。それで1年位勤めてたところに前の会社からお声がかかって戻るの。
山崎
えっ、大人のいじめの人は?
大久保
いなくなっていたり、丸くなっていたり。戻ったのが2002年で、2010年までそこで働くの。
その間にみやこさんと出会ったの。
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