山崎みやこが飲み物を、そして対談相手がおつまみを用意して、気になるあれこれ、どうでもいいあれこれを話す、雑談のような対談。ちょいと、一杯いかがですか。どうぞお楽しみください。

山崎
今日はネクストサンデーにて、たいさん(*)とお話させて頂こうと思います。
よろしくお願いいたします!(*佐々木さんの愛称。小屋周辺の人は皆こう呼ぶ)
佐々木
よろしくお願いします!
対談相手、限りもあるだろうに今日はお招き頂いて。ありがとうございます。
山崎
10人の方にね、対談をお願いしたんだけど、たいさんは外せないなぁと思って。最初に候補に上げさせていただきました。
それでね、この対談は私が飲み物、ゲストさんが食べ物を持ち寄る形なんだけど。
たいさん、ドーナツとソーセージっていう組み合わせが変わってる。しかも乾杯もしてないのに、めっちゃ一人で食べてるね(笑)。
佐々木
はい、早速ガッツキまくってすみません。
山崎
きゃはは。たいさんと言えば下戸で甘いもの好きでしょ。
佐々木
うん。
山崎
私と言えば、お酒でしょ。というわけで、甘酒を持ってきました。
佐々木
あっ、これ甘酒なんだ。牛乳かと思った。
山崎
甘酒の牛乳割りなの。
佐々木
そうなんだ、美味しそう。乾杯〜!
僕は、お酒は一滴も飲めないけど、甘酒は大好きなの。
山崎
そうだよね。
佐々木
俺さ、普通の人より、よっぽど色んな種類の甘酒飲んでるよね?
おっきい瓶のやつとか。ご当地ものとか。
山崎
飲んでる、飲んでる。何回も見たことある。
佐々木
でしょ。自分でも作ったりしてたし。酒粕買ってきて。
山崎
ね。ところで今日さ、ランチタイムのサラリーマンみたいな格好だね。
佐々木
これ、誕生日に母親が送ってきたの。38歳の息子に洋服を買って送ってくるっていう、、、
山崎
しかも、かわいい。チェック柄。
佐々木
緑のギンガムチェック。軽くオーバーサイズ(笑)。
山崎
いいね(笑)。今回の対談の中で、唯一、お店をやる前からの知り合いがたいさんなの。
佐々木
唯一!?あっそうか、ネクストサンデーの対談だもんね。お店以前からの知り合いはいないのか。
山崎
うん、そもそも私が、音楽と全然違う環境から、突然お店を始めたから。
ネクスト以前のお友達は、ほとんどここに来たことすらないの。
音楽が日常と関係ないっていうお友達の方が多かったから。
佐々木
フム、みやちはもともとはどっちかっていうと、銀座のちゃんとした会社で割ときっちりした仕事してた、エリートOL系なんだよね。だから、周りもバリバリ仕事できる人ばっかりだったんだよね。
山崎
わはは。エリートOLではなかったけど、確かにちゃんとした会社にいた。
周りの友達はみんな20代で結婚して、出産して、もうマイホーム持ってる。
だからちょっと浮いてたの、社会人時代(笑)。
佐々木
それは僕も色々聞いたことがあって(笑)。
ちゃんとした会社のちゃんとしたOLをしつつも、仕事中は基本寝てたっていう(笑)。
山崎
きゃー(笑)。
佐々木
ナルコレプシーだったんでしょ?(笑)。
山崎
あのね、そう。社長が目の前で話してるのに、社長の目を見ながら眠ってしまったりね(笑)。
佐々木
催眠術かっ。
山崎
なんかね、まぁ、とにかくデスクワークが向いてなかったんだろうね。
佐々木
向き不向きをあまり考えずに、とりあえずそういうもんだと思って会社員になったの?
山崎
そうそう、就職ってするんだろうなって思ってたし、しないと東京に残れないから。
あとね、得意なものと好きなことって違うんだよね。
私はホームページ制作の仕事してたんだけど、細かいことってわりと得意なの。簿記とか、そういうのも得意。でも全く好きじゃない。動き回って汗かくような仕事が好きなの。
佐々木
あれ、これ、俺全部食べちゃった。ほぼ食べ尽くしました、ごめんなさい。
山崎
だって、すごいハイペースで食べるんだもん(笑)。
佐々木
俺は食べるの早いんだよねぇ。
山崎
そう、たいさんって早食いだよね。だからすごい食べることが好きなイメージもあるけど、無関心にも見えるんだよね。味わうことを忘れてるのかなって。
佐々木
そうなんだよねぇ。
山崎
そう、それで私、デスクワークは向いていないっていうのがわかったし、人とたくさん関わる仕事がしたかったから、思い切って会社を辞めて、バーテンダースクールに行くの。で、スクール行きながら、なぜか新宿のデパートでランドセル売ってたの。
佐々木
出ました、これ。「ランドセル」というキーワード。
知らない人も多いと思いますが、わたくし佐々木は現在アイドルグループのプロデュースをやっておりまして(*)、でそのメンバーの一人が常にランドセルを背負っているっていう。キャラ設計上ね。(*「あヴぁんだんど」)
山崎
あぁ、そうだ!たいさんにとってもキーワードだ。
佐々木
ここで一本つながりましたね。
山崎
長い時を経て、ここでつながるんだね(笑)。
それでランドセル売りながら、バーテンダ―として働ける場所をちょこちょこ探していて、その時に「今度、吉祥寺に新しく出来るカフェバーがあるよ。」って紹介してもらって、行った先でたいさんと出会うの。
佐々木
そうそうそう。職場が同じだったんだよね。ちょっと高級志向のカフェバーね。
吉祥寺って、古くからの名物店と、新興の、若者向けのおしゃれなカジュアル店っていう住み分けがなされていて、どっちかというとその、当時でいうならABCafeに代表されるような、ハイセンスでカジュアルなお店が流行りだったんだよね。そこにまさかの、、それこそ銀座みたいな、、カフェラミルとかルノアールとか、ああいうのを和で崩したみたいな感じの、対象年齢高めな、ね。
山崎
そうそう、お茶もちゃんとした形で出してたんだよね。日本茶、中国茶、紅茶。それでさらに、これは当時は最先端だったと思うんだけど、なんと、禁煙!っていう。
佐々木
そう、それ!本当に無かった、あの当時。まだ分煙化すら進んでなくて、禁煙のカフェなんて絶対に無理と言われていた。というか常識観念からして、あり得ないって感じ。カフェはまだしも、バータイムも!ね。
とにかく、僕が煙草が本当に苦手というのが先ずあって、でオーナーはオーナーで珈琲やお茶の香りをちゃんと楽しんでもらいたいという希望があって。そこが合致して、禁煙になったんだよね。
山崎
オーナーさんも若くてやり手でね、他の会社も大成功しているような方だったんだよね。
佐々木
うん。それが最初の出会い。
山崎
でも、その店はなんと1年で終わっちゃうんだけど(笑)。その1年が濃かった、本当に濃かった。
あそこで色々鍛えられた。
佐々木
うん、それは個人的にもそうだし、…あとやっぱり、言ってしまえばあれは失敗だったんだけど、あそこで一つ店を潰したということが、今のネクストサンデーに活きてるっていうか。こんなこというと当時のオーナーさんに悪いけど。
やっぱり失敗経験あってこそ、、というのはあるわけで。
バンドでもなんでも、いきなり一つ目で成功するなんてことはそうそうないわけで、失敗体験踏まえてからの、ってことなわけじゃん。
山崎
うんうん。私も何となく、将来お店出来たらいいなっていうのは思ってて、新規オープンの店を狙ってたから、本当にオープンから潰れるまで、見せてもらって。
佐々木
ゆりかごから墓場まで(笑)。
山崎
ほんとに。もう、大騒動あり。
佐々木
珍騒動あり、悲劇あり、喜劇あり、悲喜こもごも。
山崎
もう泣いて笑ったね。
佐々木
俺はヒッキーだったから、ヒッキーこもごもみたいな。
山崎
(笑)。この感じは出会った時から変わってないね。
佐々木
この甘酒、美味しい。
山崎
ね、美味しいでしょ。
それで私、OL時代も楽しかったけど、がっつり話せる友達がいなかったの。
たいさんに出会って初めて、自分が深い部分で思っていることに共感してもらえたり、話し合えたりできたんだよね。
佐々木
そうか。確かにお互いそれがなければ、こんな10年以上の友好関係にはならないかもね。
山崎
15年だもんね!
佐々木
15年、、!? わぁ、、やば、、
そもそも僕が人と関わるタイプじゃなくて、めちゃくちゃ内に籠る人間だったんだけど、やっぱり文学の話でも音楽の話でも、たまたまリンクしたんだよね。
最初から、大貫妙子とか矢野顕子の話で盛り上がったり、文学でも夏目漱石とか川上弘美の話とか、振った話が全部返ってくるっていうのはお互いあって、面白い人がいるもんだなって思って、けっこう話はして。
山崎
私もすごく嬉しかった。今まで自分だけで楽しんでた部分、例えば、「夏目漱石のこの文章の美しさったらないよね。」みたいなことを言える相手が出来たっていう喜び。
佐々木
ごく普通のOLさんとかにしてみたら、漱石なんて、学校の教材ってイメージだろうしなぁ。
山崎
そうだね。音楽もOLの時は、みんなMISIAとか宇多田ヒカルが好きで。別に私も好きなんだけど「MISIAや宇多田ヒカルいいけど矢野顕子も良いよね」って話は通じなかったから。
とにかく、話は相当したよね。働いてる時間もかなり長かったしね。
で、たいさんがけっこう、ぶっ飛んでて、バータイムにノイズとかアンビエントとかをかけたり(笑)。
佐々木
それだ!(笑) マイブラを延々流してたり。そういえば、それ目当てに来てるお客さんとかいたよね!いっとき。
山崎
うんうん、いたよね。クラシカルな店だったから、オーナーとたいさんがそういうことで揉めたりはするんだけど。
佐々木
オーセンティックな店だったからね。
山崎
そうね、値段もそこそこしたし。
佐々木
ブレンド一杯600円だもん!
山崎
当時は吉祥寺にこんな店出来たんだ、って感じだったと思う。
佐々木
真っ向から挑んでる(笑)。だって、40代、50代のマダムがターゲットゾーンだったはず。若者の街、吉祥寺で。
山崎
そこにたいさんが変化球をどんどん入れていって、、、
佐々木
そう、Sachiko Mの『Sine Wave Solo』とかが延々流れてる、、、吉祥寺だしな、ってんで。
山崎
わははは。一回、外国のお客さんにBGMがうるさすぎるって怒られたよね。
佐々木
そう。でもそこはやっぱ若くて世間知らずなので、「いや、うるさいのはお前だ」って(笑)。「出て行け」と(笑)。
山崎
ひどすぎる(笑)。それで、夜はけっこうちゃんとしたバーで、リキュールも色々揃ってて、オリジナルカクテルとか作れるようになってきたら、私は気分が高揚してきちゃって、家で頻繁にパーティーとかやるようになるの。
その時すでに、"NextSuday"ってメニュー作って、友達にそこから選んでもらったりしてた。
佐々木
まさに夢の具現化だね。現実はあとからちゃんと付いてくる。
で、みやちはもう完全にパーティーピープル。本当に頻繁にホームパーティーを催してた。それが衝撃で。こんな人がいるんだ、という。
山崎
そこにたいさんも来てくれたりとか。ありとあらゆる人を招いて。
佐々木
ほんとに正反対なんだよね。俺は極力誰とも関わりたくないっていう。っていうのは、関わっちゃうと良い事もあるけど、相応にストレスもあるでしょ。だからもう本当にリスクを予め、排除したいってタイプで。
かたや、みやちはとにかく知ってる人でも知らない人でも出会って楽しい時間を過ごすことこそが人生の財産だ!っていうタイプだから、本当に真逆で。
バーやりたいっていうのもそうだし、後にライヴハウスやるのもそうだし、とにかく「未知の出会い」、「人と人との関わり」がメインにあるから。
山崎
そうだね、知り合ったらすぐに「来週パーティーあるんだけど。」って誘ってた。
佐々木
そう!そうなの。全然別の場所で3回くらい飲んできて、知り合ったら、即その3組をまとめて「はい、この日に家でパーティーやります!」ってやっちゃうの。
で、普段だったら俺は絶対そんなところに行かないんだけど、みやちにちょっと手伝ってとか、BGM流して、とか言われると、取り敢えずCD選んで持って行く(笑)。そうすると、知らない外国人とかが複数人たむろってる、みたいな(笑)。まず言葉が通じない(笑)。なにこれ、って。
山崎
あはは。そうそう。ごちゃまぜっていうのが好きだったんだよね。
でもね、面白いのが、知り合った人とか友達は、私とは単純に飲んで騒ぎたいだけだったと思うけど、たいさんのことはなんか気になる存在だったみたい。あの人、存在感あるよねって。
ガンガンしゃべる方じゃないんだけど、ふと口にすることがすごく面白かったりして。あの人、何者なの?って、耳打ちされたりして。
佐々木
へぇ、そうなんだ。
山崎
うん。そうやって、少しづつ人の輪にも交じっていったけど、出会った時のたいさんは、本当にすべての扉を閉じているような感じだった。
今からは想像できない。
佐々木
できない(笑)。まず、よくカフェでバイト出来てたなって思うよね。
俺もあのままだったら、そのまま社会不適合で鬱屈したまま尻すぼんで行ってたと思うんだけど、
やっぱりみやちと出会って色んな影響を受けたり、学んだりっていうのが大きいよね。
山崎
嫌でも人の波に入れられたからね。
佐々木
そう、戸塚ヨットスクール的に、いいから海に出ろ、みたいな。
人と関わらざるを得なかったから。
価値観の揺さぶりがあったよね。こういう人もいるんだって思った。
自分とは真逆なんだけど、こういう風に捉えて、こういう風に感じて、しかもその結果はちゃんとハッピーだったり、楽しかったり。へぇ!って勉強させてもらった。
山崎
私も私で、たいさんは話すとすごく面白いのに、引き籠ってたから、みんながいる場に出て来て欲しかった。だからかなり無理やり呼んだよね。
それで、店は一年で終わっちゃったけど、趣味は相当合ってたから、その後も一緒にライヴ行ったりはすごくしたよね。
佐々木
ライヴはめちゃくちゃ行ったなぁ。
山崎
たいさん自身もバンド組んだりしてたし。
佐々木
そうね。だからあれも、本当だったら、バンドに誘われて、はいやりましょう、なんて絶対にならなかったと思うの。
あれ多分、2004年だから、みやちと知り合って、2年半〜3年くらい経ってるんだけど、その間に社会復帰というか、社会に対しての、自分の回路みたいなものがみやちのフィルターを通して、構築されつつあったらから。それがあって初めて、人とバンドを組むなんていうアグレッシヴな決断が出来た(笑)。
で、その時のメンバーっていうのが、いま東京のアングラシーンで活躍中のDJ MEMAI君っていう、ターンテーブリストなんだけど。もう、東京のアヴァンギャルド界の中堅どころか、結構主要なところにいるっていう。
その彼もほとんどしゃべった事が無いのに、あいつ面白そうだなって嗅覚を感じてくれて、一緒にやりませんか、って言ってくれて。で、もう一人入れて3人でやってた。ノイズ即興のバンド。
みやちに出会って感化されたことで、色んなことが動き始めた。それが今にもつながってると思うし。
山崎
そうだね。お互いにスパルタ教育した感じだよね。
私も私で、アバウトの極致!みたいなところで生きてたから、ひとつひとつ、たいさんに怒られるわけ。たいさんは結構、細かいところに目がいく人だから。
佐々木
あぁ、そうだった!ひどいんですよ、この人。まず俺はモノの蓋を閉めない人に初めて出会った。
一つ覚えてるのが、ペットボトルの蓋をしないで、自分のバッグに入れちゃうから、中がびちょびちょになっちゃってて。
俺が「わぁぁ、これ出ちゃってるよ。」って言っても、ぽかーんとしてる。水がこぼれて物が濡れるということが、事件じゃないんですね、彼女の中では(笑)。
ありえねぇ!ってんで俺は俺でスパルタして(笑)。
他にも、仕事はね、ちゃんとするんだけど、ホームパーティーの時とかに、氷が普通に床に落ちたままだったりね。
何で拾わないの!?って。
山崎
私は、何で拾うの?パーティーだよ!って(笑)。
私はその時は仕事と遊びのモードをすごく変えるタイプだった。仕事中だったらもちろんすぐに拾って拭くんだけど、遊んでる時は、そんなこと気にもならない。
でも、今思うと、あのアバウトさのままでは絶対にお店は出来なかったし、あの時、基礎を作ってもらって良かったなぁと。私はアバウトからちょっと神経質になって、たいさんは神経質からちょっとアバウトになったよね。
佐々木
そうね、そうね。両極に寄ってたのをちょっとずつ影響を与え合ってね。双方真ん中に寄ってきた。
山崎
本来、あそこまで合わないと、嫌だろうけどね。
佐々木
合わないねぇ。でも結局あれは、仮にお店にスタッフが10人とかいて、関わる人を選べるなら、「こいつとは合わねー」で終わってたと思うんだけど、2、3人しかいない狭い店で、尚且つ主軸の若手2人だったから、協力してやっていくしかないところがあったから。
山崎
そうだね。合わないけど向き合うしかなかった。
問題とか起こったりしても、たいさんはそれについて、解決した後も「なんでああなったんだ?」っていうのをいちから検証するんだよね。
で、私はといえば「もういいよ、無事に済んだから、はい、もう次!」って。そいうのもよく怒られた。
そんな簡単に切り替えるんじゃない!って。
佐々木
ほんとあれは、俺にとって解体と再構築の時期ですよ。「他者」を強烈に意識した期間ですよね。それまで書物でしか知らなかった「他者」という概念を(笑)。
山崎
お互いにね。
佐々木
目の前で、価値観とかそれまでの自分の「当たり前」を一旦全部ばらばらに解きほぐされて、想像すらできなかった感覚で物事にあたっていくのを目の当たりにする。しかも、結果的には俺から見てもいい感じじゃんって思えるところにつながっていく。だからすごい相対化出来た。
自分の方法論とは違うけど、出てくる結果は共感できる良い感じのものじゃん!っていうのを、実際もう日々目の当たりにしてたから、説得力があって、なるほどなって思った。 出てくる結果が「これは好かんな」って感じだったら、この人は本当に合わない、縁が無いで終わってたんだろうけど。
だからリスペクトはあったよね。最初から。
で、なんやかんやがあって、最初はバーテンダーって言ってたのが、なんか知らないけど、音楽が好きだからライヴハウスってなっていったんだよね?
山崎
そうなんだよね。バーも好きだけど、素敵な音楽が一緒だったらいいなって。だから本当は物件探してる時は、もっと全然小さいのを探していて、バーの片隅でギターの弾き語りをしているようなイメージ。
佐々木
ほぅ、どっちかっていうとバー主体で、時にはライヴもできますよ、と。
山崎
そうそうそう。最初、吉祥寺で物件見て、とにかく高くて、手が出なくて。
西荻、高円寺、中野って見に行って。でも、なかなかぴんとこなくて。
最後に阿佐ヶ谷みて、ここがいい!って思ったの。
佐々木
そこがねぇ(笑)。…当時さ、阿佐ヶ谷でライヴハウスやるとかキチガイ沙汰だよね。ありえなかったよね。
俺は映画観に来たりで知らないでもなかったんだけど、駅を降りて、パルセンに足踏み入れた時のあの雰囲気!!
言っちゃ悪いけど、完全に老人の町!
阿佐ヶ谷ってさ、そもそもが区役所があったり、警察署があったり、杉並の中でもお固くてクリーンな感じでしょ。
高円寺みたいに若い熱気や猥雑さもないし、駅前にピンク系のお店もないしさ。
若いカルチャーとは無縁の場所だったよね。今でこそ、ロフトさんがあったり、いろいろ活気づいてはいるけど。
ジャズにしたってさ、どちらかというと熟年の趣味って感じだし(笑)。
山崎
そう、当時は、本当に地味な町だった。
佐々木
99%失敗するって言われてたよね。
俺がよくお世話になってた吉祥寺のテクノ系の箱の店長さんにも「絶対無理やで。今からでも考え直した方がいいわ。」って超言われて。
山崎
ね、あそこの店長さんにびしっとね、言われたねぇ。私はたいさんのライヴ観に行ってて、飲みながら「へぇ、阿佐ヶ谷そんなにダメなのか、、、」って思ってた。
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