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佐々木続いては曲作りの実際ってことで。

大久保僕の場合はずっとバンド(Futtong)をやっているので、ライヴをするでしょ、大体まぁ6〜7曲かな。で、その6〜7曲の中に役割があるでしょ。オープニングにふさわしいとか、ここでゆっくり聴かせようとか、最後エンディングで盛り上がる曲とか。そういう組み立てがあったときに、ずっとやってると例えば「オープニングはここしばらくこの曲だから、そろそろ別のを作ってみようか」とか。テンポとキーを決めて、構成はどうしよう、通常A、B、サビとくるところをいきなりサビではじめてみようかとか。ある程度そういう設計図を立ててから作る。で、そこでまずコード進行に関してはさっき言っていたみたいに結構数学的なものなので、こういうコード進行で組み合わせてみようとか幾つか試しながらやっていくと。

佐々木なるほど。僕の場合は自分のためにとか自分の曲を書くっていうのはなくて、基本的にはまず受注があって、人のために書くっていう感じなので、こういう曲書いて欲しいとか、この人が歌うんだったらこうしなきゃかな?とか、大久保さんさっき言った通り、このグループ今までにこんな曲を持ってて、大体ライヴでこういう流れでやってて…というのがある上で、今そのグループが欲してて、尚且つ僕がいい仕事できそうな感じの曲だとこういうところかな〜って感じでまずなんとなくのフォームが決まって、そこから色んな要素の順列の掛け合わせでなんとなく形に仕上げていく。
それで例えばそうね、とっかかりとしては色々あるんだけど…仮に旋律一つつくるにしても、よく言う「鼻歌」みたいな形で抽象的な何かを「受信」してるわけじゃなくて、もっと醒めた数学的操作をしてるわけね。よくやるのが、相反する二つの要素を色々想定して並べていくっていう。例えば動くか止まってるか、密集してるか隙間があるか、同じ音が続くか跳躍するかとかね。決して霊感にまかせて漫然とは作ってないわけよ。

大久保たぶん今、もうそういうノウハウはあるじゃん。今言ったような、非常に数学的で理論的に、その通りやればそれなりにいい曲を作れる。ただそこで差が出てくるのが、やっぱりどんだけ音楽好きで聴いてきて、引き出しがあるかとか、僕だったらどんだけ色んな人の歌を歌ってきたかとか…。
僕の場合そこで少し理論的じゃない部分があるとすると、多分メロディなんだよね。さんざんコード作った後に、何十通りもそこに歌…メロディーを乗せて、一番自分っぽくない、自分から出て来たっぽくないやつを採用する。自分が作ったっぽくないからこれならば聴いてられる、そういうのが出てくるまで、ひたすら繰り返して歌を歌い続ける。

佐々木あ〜〜。それは面白い、そこは結構僕と違うところですね。アレンジとかバックの部分に関しては凄い似てると思うんですけど、そこ結構違うっていうのは、僕は自演しないタイプじゃないですか。歌わないし演奏しないし。歌なんて一番苦手で嫌いだし。大久保さんは自分で歌うじゃないですか。
今、ひたすら歌を乗せて自分から出て来たっぽくないのを待つって言いましたけど、僕の場合はメロディに関してはものすごい幅が狭くて、まず「これは絶対にダサいから絶対にしない」っていう手筋が決まってるんですよ。リズムのパターンだったり、コードに対して何度の音を取ってくかとか、絶対的にこれはダサいからNGっていうのが先ずあって、消去法で置いていくんですよ、さっき言ったようなルールに沿って。だから、僕はメロディに関してはもう方法論が確立されてて、言っちゃえばそれを守り通してるって感じ?

大久保なるほど。だから僕はある種ポイントとしてはそこで、コード進行っていうのはもう全部世の中にあるものなので、メロディーだけは、そういう意味では自力でやってる感じ。降ってくるとまでは言わないけれども、自分の中で「おぉ!」っていうのがあるまで。

佐々木うーん、、でもメロディもさぁ…

大久保でまたメロディっていうのは、やっぱり自分の声(質)と、自分のキーがどこまで出るのかとか…

佐々木そっか!そういう肉体的な制限とかあるのか。自分用だもんね。

大久保でこれがね、これで陥っちゃいけないのが、その歌い手ありきの作り方をすると、得意なフレーズって絶対あるのよね。全部そこいっちゃうわけ。だから、ベテランの歌い手ってみんな曲が同じようになるのって…そりゃ色んな理由があるんだけど、まず冒険しないんだよね。そのメロディーにいっちゃうと俺の歌が下手に聴こえる、みたいな。そこはもうやらないみたいな。もう自分が気持ちよく歌えるメロディーしかやらないみたいな。

佐々木おもしろい!

大久保なるんだよね。だから演歌とかさ。ほとんどのベテランシンガーってそうなってくるよ。若い時はそうじゃなくて、「とってもいいメロディが出来たぜ!」って歌って、それが難しくっても演ったんだよ。僕はそのギクシャクさが好きなの。でも年を取ると安パイを取るんだよね。そうすると、完成度は高いし、上手く歌えてるけど、ツマンナイってなっちゃうんだよね。

佐々木それに絡めて言うとね、僕ね、「ポップミュージック20年説」っていうのをずっと昔から言ってて。ミュージックっていうか、ミュージック・クリエイターのね。演奏家ではなく、クリエイターとしての。一人のアーティストの…なんだろうなぁ、言い方難しいけど、音楽的進化と深化の寿命、上限が、要するに20年が限度って思ってるわけ。

大久保あー、なるほどなるほど。

佐々木演奏はむしろ死ぬまで出来るし深まるよ!でも、一人の人間が大衆音楽を創造・更新していくこと考えるとね、「大衆音楽」っていうのは、時につれアップデートされ続けることを宿命付けられてる故に…だいたい20年。。それ以上は、ほんとにむりくりやってるだけで、やっぱどんな人みても、そこで一旦限界に来てる。そっからはもうルーツ回帰をするか、伝統芸能化するか、つまんないことやるかみたいな。だから、デビューから、その人がフレッシュに新しい必然性のある…その人がやる必然性があることを続けられるのって、最長で20年くらいじゃない?って。

大久保20年やってりゃ上等だよね。だってだいたい10年とかさ。

佐々木それ以上、もう尽きてるにも関わらずやり続けなきゃいけないのって、職業的な理由しかないわけじゃん。別に俺辞めて、ビルの清掃夫でいいやって人ならば、やめちゃって全然平気だと。ただやっぱ、みんな20年とか30年とかミュージシャンで食ってきてさ、今さら他のこともシンドイしなぁとかさ、スタッフ路頭に迷わせらんないとかさ、それで本来はやんなくていいことをやってたりする場合も多いんだろうなって。結局作曲とかさ、何度も何度も言うけどいろんな組み合わせじゃん。結局色んなパラメーションを掛け合わせて出来てるわけじゃん。やっぱね、20年もやってたらね、しかも職業としてやってたらね、あらかた自分が解き明かしたかった音楽の秘密なんてもう、やりつくしちゃってる、はっきり言って。

大久保うん、やりつくしちゃってる。

佐々木だからね、それ以上やんなきゃなのはね、逆にちょっと不幸。

大久保やっぱり苦しそうな人いるよね。

佐々木いや、ほとんどの人が苦しい、どんなに昔好きだった人もみんな苦しそうだし、それ、当たり前だと思うんだよね。だって限られてんだもん。だからやる必要ないと思うんだよね。みんな辞めちゃえばいいと思う。でもまぁ、辞めたら食えないだろうから、大変だろうけど。

大久保超成功した人は平気なんだろうけど。

佐々木辞めちゃえばいいのになって俺は思うんだよねぇ。

大久保まぁ、今なんてそれでさらにどんなプロの方でもなかなかCDも売れないし、まぁ、じゃぁ、今どうモチベーションを上げるかっていうと、山下達郎なんか完全にそうだけど、とにかくライヴをやるんだと。昔のダンスホールみたいなもので、現場で楽しい音楽を皆さんに提供してっていう形でやっていくっていうのもあるだろうけどね。

佐々木だから演奏の方だよね。それは凄いわかる。

大久保桑田さんなんかにしてもさ、ずっと変わらぬ桑田節だけど、悪い気はしないっていう、あの人はさすがの伝統的な技があるよね。でもなんかね、『キラー・ストリート』ってアルバムを出したんだけど、そのときもう無理ってなったんだって。あの時たしか20何曲の2枚組だったんだけど、もう全部出し切った、こっから何やっていいか分かんないって。

佐々木それこそもう浪曲やるとかさ、義太夫やるとか(笑)。そうなってきちゃうよね。やることねぇもん、そんな。

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佐々木怒られそうなので話戻すと(笑)、ベテランは自分の肉体にメロディを追従させるという、悪しき保守化に走るという話だったよね(笑)、僕なんかモロ逆で、作った曲は大体「歌えない」って言われちゃうんですよ。

大久保はは(笑)。

佐々木音域とか破綻しまくってて… こっからここまでの音域に収めなきゃいけないんだよみたいなことは何曲か作ってみて初めて気付いて。一番ひどかったときなんか、持ってったデモをメンバーが誰一人歌えなくて、6つくらいキー下げたもんね(笑)。「そうなんだ?!ゴメンネ…」みたいな。

大久保多分…分かんないけど、僕がもしアイドルの人に楽曲を作るとなると、その人の声が、“どこが一番張るか”というのは本当に人それぞれ違うので、まずはやっぱりそれ。。もし職業的なことやるんならね。そこにピークが行く曲を…

佐々木そこを気にしてあげるんすね!

大久保ウン、僕そういう風にやると思う。。

佐々木俺なんか逆に、そっち(曲)に合わせろと思っちゃう。

大久保あぁそうなんだ…!

佐々木これがいいメロなんだから、合わせろよ!みたいな。

大久保はっはっは…。僕はもう、違う、たぶん…。だから、この子はちょっと低いから、この子でサビいっちゃうとアレだから、Bの時に見せ場つくってあげようとか。そういう風に僕はたぶん考える。

佐々木どっちかっていうと大久保さんの方がプロデューサー視点というか…大人なんだろうなきっと。単純に。

大久保や、単純に、最終的にモノとして、このメンバーで一番ポテンシャル高く最高の曲を作るにはどんな曲が向いてんだろう?って。僕も最初はバンドでそんなこと考えずにやってたけど、やっぱ合わないんだよ。すると、あ〜ダメなのかと。みんなの得意技がいくつかあって、その得意技を組み合わせる。そのためにどんな曲を作ればいいんだろう?って考える。やっぱり演奏がノる時とノらない時って明らかにあるので。

佐々木そこがやっぱDTMの人とバンドの人の違いだね〜。

大久保僕はさんざんスタジオで、いろんな人と演ってきたから、っていう。

佐々木人間が演る前提だもんね、パフォーマンス発揮のおいしい部分ていうのをちゃんとトータルで考えながら、ってことですもんね。

大久保サークルとかのコピーバンドってさ、みんな自分が得意な曲を持ってくるわけ。そうすると、持ってきたお前は上手いよね…でも他のパートのやつはガッタガタ!だったりするわけ。そういうのをもう、数え切れないくらいやってきてるので、やっぱその、限界が無い状態で曲を作るって言うよりかは、これ以上やっちゃダメですよっていう枠組みのギリギリの範囲でマックスのものを作るということを考えるんだよね。この限られた四人という資質の中で、どれだけ無限大な演奏を出来るかっていうのを常に考えて曲を作ってる。それでも十分いろんな曲作れるから。それはもう工夫と努力によって、なんとでもなるから。

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大久保そういう意味では僕はまだバンド四人いるからいいけど、弾き語りの人っていうのは、僕の何倍も考えなきゃいけないの。

佐々木それっ!…あの、一人で演るっていうのは、いっちばん難しいし、一番レベル高いことだから、イージーに見えるけど、逆なんだよね本当は。

大久保30分という時間をね?一曲一曲飽きさせずに、テンポとか、キーとか、曲の構成とか…。考えなきゃいけない。それはもう、弾き語りが一番考えなきゃいけない。その工夫がみんな足りないってこと。

佐々木だからー、もう人間力がMAXある人が初めてやれる業態なんですよ。

大久保そうっ!だから、竹原ピストルさん的なね?人がいたらね?もういいよ、もうそれだけで涙が出るよ、と。だけど、そんな人いないし…。“自己表現”の手段で演るんなら、じゃぁまずその自己を磨き上げてくんない?っていう話になっちゃうのね。それが磨きあげられないんだったら、楽曲で工夫してくんない?みたいな。どっちかだよ。

佐々木これってでも、難しいんすよね〜、、じゃぁ凡で未熟な人は、自己実現の機会を与えられないのか?みたいな問題…。

大久保でもね、僕はやっぱりそういう意味においてはね、今誰でも音楽なんか作って発表できるし、絵なんかでも描いてインスタとかに発表できるし、けど昔は出来なかったんだよ。やっぱりあるハードルがあって、それを乗り越えて始めて人前で演奏するとか人前で何かを表現するっていう…そこまでの間に色んなやりたくないこととかもやって強靭な肉体を作っていって初めて人前に出られたのが、いまヒョって出れるじゃん。。けど本当は、そんなに簡単に、しかもお金を出してもらって何かを表現するっていうのは…それに本当はものすごく残酷なことかもしれないし、自分の言った一言でもしかしたら人を殺してしまうかもしれない、とっても怖い怖いこと…人前で表現をするっていうのはとっても怖いことなんだよっていう認識が、やっぱりちょっと足りないんじゃないかなっていう気はするよね。

佐々木うんうん。

大久保敷居が下がって誰でもライヴハウスで出来ちゃうことで、本来ならカラオケで事足りるような、その程度の「自己表現」ならば、人前に出さなくてもいいんですよって、言ってもらえなくなっちゃった。それが良いか悪いかは難しいとこだけど…。で多分、よくよく考えないで音楽でやっちゃってるけど、ほんとは誰かに文句言われて、全然お前なんか音楽だ自己表現だつっても超つまんねぇって言われて、「でも俺は自己表現しないと死んじゃうかもしれない」ってなった時に、その人多分探すはずなのね。「俺もしかしたら音楽じゃないのかな?」みたいな。したら、そこで探した結果、本当は音楽よりももっと自分の表現というものをアウトプットできる手段があるはずなのに、そこの考えに至らないまでに、ガス抜きがされちゃってるわけ。要するに、誰も何も言わねぇから。

佐々木あー。

大久保それってなんか、結果的にはその人にとって不幸かなって気はするよね。もっとホントは、その人に適してるかもしれないポテンシャルすらも、ちゃんと発揮できないままただ弾き語りで終っちゃう、みたいなさ。だとするならば、今みたいに、誰でも自由に表現していいんだよというこの感じが、悪い方向に、悪い循環になってくる可能性は、もしかしてあるのかな?という気も…。難しいとこだね。ここは才能だと思うね。ものを作るっていうのは自分を吐き出すと同時に、やっぱ客観的な何かが必要で。

佐々木なんか単純に、時代が良くも悪くも経済的に豊かになったりだとか、技術の進歩でいろんなことがイージーになったっていうことで、一昔前ならカラオケスナックでマイク握ってれば充足してた欲求が拡張されただけとも言えますけどね(笑)。

大久保や、俺はね、ホントそういうことだと思うよ。

佐々木ライヴハウスという場が簡易なものとして登場したことで、本質的にはカラオケスナックの十八番披露に過ぎなかったものがなぜか「アーティスト」というラベリングを施されてしまった。

大久保それのスゲーのが「歌ってみた」でしょ?

佐々木!!

大久保僕結構「歌ってみた」なんて、「こっちが正解じゃない?」と思うよ。今いる弾き語りの子達は、大体この「歌ってみた」でしょ?と思うもん。

佐々木うんうん!

大久保こっちいけば、もっと自己表現できるし、もっともっと人が視て、聴いてくれるよって。

佐々木ただ良くも悪くもあれはデジタルネイティヴっていうかネットの世代の人たちで、孤独にも強いと思うんですよね。弾き語りの人たちって寂しんぼうだから、肉体的な絡みっていうか、リアルの交わりへの渇望とかも強いと思うんですよね。

大久保現場での一体感だよね。

佐々木自分というものと社会との結び目みたいなところで何かしらこう強いものが欲しいみたいな欲望自体は当然昔から存在してたはずで、時代が変われば例えばそれは学生運動だったりとか、絵の上手な人はコミケに漫画出すとかルートは色々あるんでしょうけど、導入の容易さってところで音楽、特に弾き語りなんかスタンダード化したんでしょうね。やっぱギター1本2万で買って、コード3つ覚えたらイージーにやれちゃうっていうところで。

大久保そうね。だけど僕はやっぱり、やるならイージーにやらないで、みんな色んな事して欲しい。次作る曲は今までに作ったことがないものを!っていうような気持ちを持ってほしい。

佐々木なんかきっと、知らないもの、興味のないものに対して開いてるか、閉じてるかというのは根本的な資質が分かれるから。僕らなんかは知りたくてしょうがないじゃないですか。

大久保そうだね、まだ知らない素晴らしい音楽がきっと世の中にすげぇあって、それは超聴きたいよね。だってそれは自分の作曲に反映されるんだもん。

佐々木でもそれがしんどいって人も多いんですよね、やっぱり。

大久保だからね、それをしんどいって思う人が人前でやっちゃいけないんだよ。そういう人はどこかの段階で自然に淘汰されていくはずなんだよ。でも、今はやれちゃうから。

佐々木そういう人は、本来はクリエイションってものと無縁な心性だから。

大久保あとはね、アマチュアであろうが、一応は音楽をやっているってことは、音楽シーンを形作る一人であるわけで、そういう音楽をやるって人が増えていった時に、やっぱり底上げしたいじゃない?レベルが上がって欲しいよね。てことはだよ、やっぱり「自分がその一端を担っている」っていう自覚があれば、ちょっとでもレベルの高いものであったり、やったことのないことをやってみる、一人一人が試行錯誤する、そうして全体のレベルが上がっていく、その方が健全だと思う。直球の正論かもしれないけど、でもそういう気持ちを持ってやらないと、ただただ自己表現と自己正当化のためにやってるだけで終わっちゃうんじゃ悲しい。下世話な言い方すると、もっとサービス精神持てよって感じよ。そういうことって、結構重要だと思う。

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佐々木二郎 プロフィール

地下アイドルグループの運営に携わった後、teoremaa名義でアレンジャー、コンポーザーとして活動中。
また自身のユニット「アシモフが手品師」もまったり進行中で、ムーンライダーズのトリビュートアルバムに参加するなどしている。

大久保欽哉 プロフィール

1972年 東京生まれ。
1985年 小金井市立第三小学校を卒業。小学校時代は担任の先生(全員女性)に恵まれず日常的な体罰を受け、不遇な6年間を過ごす。が、スクスク育つ(人柄が良いから)
しかしながらヒステリック、感情的、すぐに手が出る女性を極端に嫌うようになる。
1988年 小金井市立緑中学校を卒業。先輩には中山美穂、元おにゃんこクラブの生稲晃子がいる。
小学校時代とは打って変わって若い先生が多い環境の中、褒められてすくすくと育つ。
1988年 立教高校に入学。初めてのバンド体験は高校一年生。初ライブは高校二年生。全く勉強をしなくなる。
1991年 立教大学に入学。音楽サークルに入り、バンド活動にどっぷりと浸かる。ほとんど授業に出なくなる。
1996年 就職回避の逃げ口上でフランスへ2年留学。
1998年 オーギュストという、同僚が結成したバンドに加入。1年足らずで脱退。
1999年 大学の頃のサークル仲間とフラメンゴ・ギャラローを結成。新宿、渋谷を中心にライブ活動を行う。自主制作盤としてミニアルバム「FG」をリリース。
2004年 フラメンゴ・ギャラロー解散、同年にFuttongを結成。あちこちでライブ活動を行う。2017年現在まで6枚の音源をリリース。実はソロアルバムも2枚リリースしている。
2010年 勤めていた会社から不当解雇(しかも即日解雇)される。仲間と共に美術&デザインの会社「八犬堂」を立ち上げる。この年から1年、ワンマンライブを中心に活動を行う。
2013年 mueと共にfuttong&mueを結成、ワンマンライブを2回行う。「Timeless Sounds」をリリース。
2014年 山下達郎 カバーバンド「Dr.カトー診療所」に加入。カバーバンドは大学生以来となる。
2015年 後厄も終わり、この辺りから仕事が忙しくなる、ものの、ライブ活動は定期的に行う。
2017年 ソロのCDを12月にリリース予定、11月現在、何も進んでいません。

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