山崎カノミさんと松田さんは、60年代生まれということで、ネクストサンデーに出てる中でもちょっと上の世代だと思うんですけど。
若い頃から現在に至るまで、音楽を時代の流れと共に感じ続けていると思うので、ぜひお二人の話を聞いてみたいなぁと思って。 今日はよろしくお願いします。
それでですね、今日は「今の音楽と昔の音楽」というテーマでお話うかがいたくて。"今の音楽"と"昔の音楽"を一言でいうとどんな感じが書いて欲しいなぁと思って。 このボードを用意しましたので、ぜひお願いいたします。

カノミえっ、書くの?ここに?

まったりーフッカーほぅ。

カノミこういう時に字が書けない・・・今日は恋愛話かと思ったのに(笑)。

まったりーフッカー出来ました。

カノミはい、書きました。

山崎では、お互い出していただいて、よろしくお願い致します。

カノミごめんね、相手がカワイ子ちゃんじゃなくて。

まったりーフッカー(笑)。

山崎お二人の書いたイメージってなんていうか....似てる感じですよね。

カノミ
今の音楽:多様
昔の音楽:深い

まったりーフッカー
今の音楽:チャンコ鍋
昔の音楽:ハンバーグ定食

カノミこの"深い"っていうのは、昔の音楽に関してのイメージが古いもので残っている音楽が良いものだけだからだと思う。松田さんのハンバーグ定食はどういう?

まったりーフッカー昔の歌謡曲って洋楽を取り入れよう、取り入れようとしていて、取り入れきれないオリジナルになる面白さがあったりして。

カノミなるほどね。たとえはフランス料理とかが日本で独特な進化を遂げて洋食になったみたいな。

まったりーフッカーそんな感じ。

カノミ新しい音楽に関しては、機材とかエレクトロニクスの発達ですごく変わったよね。今、楽器なくても音楽できるからね、やろうと思えば。
そういう意味では発想は広がってて、前は音楽やる人は、"歌を歌う"、"楽器を演奏する"ってのが前提でやってたんだと思うけど、今は別にそういうものがなくても出来るし。実際そういう活動している人がけっこういるよね。そういう意味で"多様"って書いたんだけど。

山崎音楽の形が変わっていっている感覚ってあったんですか?

まったりーフッカー音楽に興味を持ち始めたのが80年代なので、80年代って、60年代、70年代が良いことをやり尽くしてて、そっからみんな変わろう、変わろうとして、電子楽器をめちゃめちゃ取り入れて。
シンセサイザーとか、ドラムレスとか、ギターがそんなに要らないような時代になっていってて。

カノミだからある意味、クラフトワークとYMOの存在はすごく大きかった。僕はまだ音楽やってなかったんだけど、やってる人にとっては多分、特に大きかったんじゃないかな。音楽が音楽だけじゃなくて、ファッションとかイベントとか、すべて巻き込んできたのね。ダンスミュージックもディスコとかだったのが総合的なものになってきて。それでいて、なんていうのかな... 聴くに堪えるというか。
その辺で特にあがったなぁ。特にYMOとかの存在は。 音楽やってる人は"ミュージシャン"って括ってたけど、YMOあたりから括れなくなってきて。東京から発信した音楽で、最初にワールドワイドになったのはあのグループなんじゃないかな。細かく言えばそれ以前にもちょこちょこいたとは思うんだけど。

まったりーフッカーカノミさん、音楽まだやってなかったんですね。

カノミライヴはまだ全然やってなかった。'95年くらいから始めたから、俺は。それまでは聴くだけ。まさか自分が音楽をやるなんてこれっぽっちも思ってない(笑)。たまたま'90年の中頃に行った職場にミュージシャンがいっぱいいて、それで、なんか楽器できるんだったらスタジオ入りましょうよって言われて。

山崎じゃあ、音楽をやっていなくても楽器は出来たんですね。

カノミ出来たっていうか... 音楽が好きだったからこんな風に出来たらいいな思って、楽器を買ってはみたんだけど、とても人前で演奏できるレベルではなかった。

店員ポテトサラダです。

カノミこれね、自分で混ぜるの。

まったりーフッカーペースト状のやつよりいいですよね。

カノミ荒っぽい方がおいしいんだよね。

まったりーフッカーお芋らしさがね。

山崎松田さんは音楽始めたのはいつ?

まったりーフッカー19歳とかそんな感じ。そのときにキティ・レコードのアルバイトをして、あがた森魚さんのヴァージン・ヴイズとか高中正義さんとかの楽器運びとかやってて。まだ渋谷の屋根裏があった頃。

山崎屋根裏ってそんな昔からあったんですか。

まったりーフッカーその直後に無くなったくらい。一回無くなってまた最近出来た。だから新しいのじゃなくて、伝説のキャバレーの上の階にあったやつ。並んでるとキャバレーの呼び込みがいるっていう。そこは行きましたね。

山崎ライヴとかコンサートはお二人ともよく行ってたんですか?

カノミけっこう行ってたね。

まったりーフッカーたくさんは行けなかったけど。カノミさん、初めてのライヴって何ですか?

カノミえー、初めてのライヴ、、、なんだろう。ちょっと待って、、、ケロヨン。

まったりーフッカーわはははっ。そっち?そんなに遡る?(笑)。ほら、自分の意志でさ、行ったやつ。親に連れられた系じゃなくて(笑)。

カノミなんだろうなぁ... あれ、ディープパープルは最初じゃないよなぁ...

まったりーフッカーあの東京公演?

カノミそう。

まったりーフッカーレコードになってるやつ?

カノミいや、もうリッチーが抜けた後。トミー・ボーリン がギター弾いてた。あれは高校かなぁ... それかも。

まったりーフッカー俺は"ロックンロールサーカス"っていう新宿でやったやつで。RCサクセションとカルメンマキさんと原田真二とCharかな。

カノミ'80年ごろ?

まったりーフッカーまだ高校生だったから、'80年直後くらいかな。高3くらい。

山崎当時はライヴ情報ってどうやって入手していたんですか?

カノミ音楽雑誌とかぴあ。ロッキンオンとか、ミュージックライフとか、スウィングジャーナルとか、その手の雑誌。あとラジオとか聴いてると、"いついつに○○公演"とか流れてくる。

まったりーフッカープレイヤーは?

カノミプレイヤーもたまに買ってたかなあ。

まったりーフッカープレイヤーのギター講座があるんですけど、吾妻光良さんっていうブルースの人がやってて。そこにほんとにギャグばっかり書いてあって。すごいおもしろかった(笑)。

カノミ(笑)。

山崎そう思うと雑誌を頼りにライヴ情報をチェックってすごいですね。今だったらガンガン情報流れてきますもんね。

カノミネットでね、簡単に見つかるしね。

まったりーフッカーぴあとかだって相当の情報量ですよね、当時。

カノミそうだね、載ってたのは載ってたよね。でもどっちかっていうと、当時は音楽よりも映画ばっかり行ってたんで、映画の情報をすごいチェックしてた。昔は新聞に映画館情報が載っていて。

まったりーフッカーあー、載ってた!

カノミ"新宿テアトルで○○時にエクソシスト"とか。あと名画座。お金ないから300円とか450円で2本の名画座に行ってた。

まったりーフッカー入れ替え制とかなかったよね。1日居ても大丈夫だったよね。

山崎えっ、何本も観られるってこと?

まったりーフッカー何本って言うか、何回、だね。繰り返しになるから。

カノミそうそう、名画座だとだいたい2本続けてやって、それで朝イチから夜までいても怒られなかったから、学校サボって行ってた。

それこそ、ヌーベルバーグとか、アメリカンニューシネマとかは名画座で観たね。楽しかったね。

まったりーフッカー今も楽しいですけどね(笑)。

山崎今はネットでチェック?

カノミうん、それが手っ取り早い。

まったりーフッカーでも生活のツールっていつの間にか取り入れて、ナシには生きられないってなるけど、僕はあんまりそういうのない。

カノミなければないでね。若い子は多分生まれつきあるからキツいのかもしれない。

まったりーフッカー昔は待ち合わせとかも、駅の黒板とか、、(笑)。

カノミ"2時間待った、いいかげんにしろ" とかね。時代だよね。

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