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山崎今日は「自分らしく生きる」というテーマで対談をして頂けたらなぁと思い、お二人に声をかけました。澤田さんが数年前に「ドイツへ移住したいんです。」と私に伝えてきたとき、私はこんなに早く実行するとは思ってなかったんです。けっこうびっくりしてすごいなぁと思って。クルーニーちゃんはゲイであることをオープンにして過ごしていて、ネクストサンデーでも人気者ですが、きっと簡単なことではなかったと思うんです。そんなお二人が話したら面白そうだなぁと思い、今回はお願いしました。 どうぞよろしくお願い致します。

澤田クルーニーちゃんは自分の言いたいことをガンガン言えるってところがあるけど、僕には出来ないから。口には出さないけど実行していくって感じかな。発言は出来ないタイプ。

クルーニー私、澤田さんみたいな方が良いと思う。私、発言ばっかで有言実行してない〜。海外行くとか言って行ってない、みたいな。やばい、どうしよう(笑)。

澤田発言が出来ると他の人との交流はしやすいじゃない?僕は何考えてるかわからないって言われることが多いから。

クルーニーあ、好きですぅ。

澤田あははは(笑)。だから、そこが他の人と共同作業とかやる時に、ちょっと苦労したりする。

クルーニーなるほど。

澤田当然、恋愛関係とか友達関係みたいなものも作りにくい。

クルーニーでも私みたいに「わー、きゃー」って言ってる人って、選べないんですよね。いろんな人と一緒になっちゃうから。返って静かな方が良かったのかなって思うことあります。それでちゃんと、向き合ってくれる人の方が本当に向き合ってくれてるんだって。どっちもどっちですね。

澤田でも出会いは多いでしょ?

クルーニーそれは確かにそうですね。
澤田さんはドイツに行くって決めたのはどういう経緯なんですか?

澤田うーん、、、海外で音楽をやりたいって思えたきっかけがあって、そのときからかな。
僕は最初から洋楽が好きで、ビートルズとかそこら辺から入って、ずっと洋楽を聴いてたので、そういう意味で憧れはあったかな。でも最初は自分がそこで活動するっていうのはあまりイメージしにくくて、どうすればいいのかもよくわからなかったんだけど。40歳超えてからそこで演奏するチャンスが偶然あって。行ってみたら、面白くて、なんじゃこりゃって。

クルーニー何が違ったんですか?

澤田あまりここじゃ言えないんだけど(笑)。まずノルマを払って音楽をやるようなことがないんです、基本的に。

クルーニーあぁ、じゃあ、基本的にギャランティーをいただくってこと?

澤田はい。まずこういうライヴハウスとかでも、周りの住民の人達がそこに遊びにくる習慣ができてて、そこで飲んだり食べたりして、音楽を聴いて過ごす人たちがいる。

クルーニー文化が元々あるんですね。

澤田そうそう。だから音楽をやっている人は、それだけである程度リスペクトされる部分もあって。

クルーニー生活もできるから、集中出来るっていうのもあるんですかね。

澤田うん、ライヴハウス側は、飲食代とかでお金が回るので、バンド側にもギャラを払える、みたいな。

クルーニーノルマをもらう必要もないんですね。

澤田もちろん、どこのお店もガンガン儲けてるとはいいがたいと思うんだけど。ただ、最低限のところでなんとか運営できてるってところはいっぱいあった。まず第一にそれは大きいかな。

クルーニー確かに、文化の違いですもんね。

澤田良くも悪くも日本の場合は産業化されてて、それでこう、、お金を回転させるのが第一目標になっちゃってるから、何処のライヴハウスの人もレーベルの人もどこかからお金をもらわないとできない。それが最終的にお客さんからももらうし、アーティストからももらう、みたいな。ただ、そのかわりに日本のライヴハウスは設備が充実してる。小規模のハコでもちゃんとしたPAがあったり。そういう形でお金を回転させてる。ヨーロッパのハコはそこまで設備にお金をかけてないところが多い。

クルーニー保証みたいなものがないとやれないってことですよね。

澤田そう。そのアーティスト自身がある程度お金を回せるようになったら、それはアーティスト側に還元されるけれども、そこにいきつくのは日本の場合、なかなかむずかしい。

クルーニーうん、すごく感じますね。

澤田だから結局、アマチュアのアーティストは売れることを目指すしかないじゃないですか。

クルーニーそうですよね、そのシステムで動くと。

澤田でもヨーロッパの場合は地道な活動をしていれば、ある程度、還元されるものがあるので。

クルーニー磨けますよね。

澤田自分たちの好きなことを追求できる。売れるために音楽をやるのではなく、もっと変わったことやってやろう、とか自分らしいことやってやろうとか、っていう発想が出てくると思います。

クルーニー音楽をやっている方に対してもリスペクトがあるんですかね。

澤田うん、たとえば、年を取った人達がお客さんとして普通に聴きに来たりするんです。50代、60代の人達が、「私、実験的な音楽好きよ」ってライヴを観に来たりすることもちょこちょこあって。別に音楽をやっている人を特にもてはやすこともないけど、「もっと落ち着かなきゃダメよっ」ていう人もいない。個人個人が好きなことをやって、生きてて楽しいんだったらそれでいいんじゃない、って。

クルーニー表現としてみてくれてるってことですよね、きっと。芸術って観点でみているから、きっとそういう考え方になるんだろうなって。
私、外専なんですけど(笑)、「君何やってるの?」って言われて、「ミュージシャンやってたりもするよ」って外国人の方に話すのと、日本人の方に話すのと、けっこう反応が違うんです。外国人の方に話すと、今、澤田さんがおっしゃったとおり「いいじゃん、すごいじゃん!どういうのやってるの?」って言われる。

澤田そうそう、そういう反応。

クルーニーでも日本人の方に話すと、私は老け専なので、年配の方が多いんですけど「君、その年でそれはヤバくない?食えてるの?」みたいな。

澤田うんうん、絶対そうなるよね(笑)。

クルーニー「全然食えてないし、払うこともあるから赤字もあるよ」っていうと、意味わかんないってなる。やっぱり産業がメインになってるから。そこで、すごく考えさせられる部分とかあったりして。
ライヴとかも観ることがありますけど、みんな、どうしたいんだろうって思うことが多い。きっと、私が感じてる "いつになったらこれが黒字になるんだろう" っていうのをみんなも抱えてたりするんだろうなって思いながら観てる。

澤田それはやっぱり辛いですよね。日本で音楽をやり続けるっていうのは、、、自分は本当はこれをやりたいんだけど、売れるためにはあれをやらなきゃっていう迷いも生じるし。で、そのうえお金を払わないといけないっていうのは、すごく厳しい。

クルーニーでも言うんですよ、「売れたい」って。私はそこが疑問なんです。もういい年なんだから、感じるでしょ?って思うんです。この国で頑張るんだったら、それはもう、、ぐっと堪えてやるしかないんだよって。 それがイヤだったら、選択肢として、澤田さんみたいに海外行ったりするとか。やりたいことを貫くっていうのはそういうことって思ってるので、その子たちはもっと考えた方が良いよって思う瞬間があって。 ただライヴをやってる方も多いですけど、この国で自分らしく好きな音楽をやっていくっていうのは難しいと思う。エンターテインメント性を出すっていうのも大事だし、自分を押し殺さないといけない面があるのかなぁって。 きっとそこで悩んで、潰れていってしまって、育たないですよね。

澤田僕も、コイツ才能あるな、すごいなって思ってた人が音楽を辞めていく瞬間っていうのを何回か観てて。それが一番悲しかった。すごい悲しいなって思った。いたたまれない、、、

クルーニーもったいないですよね。たまに思うんですよね、芸術って何だろうって。私は外専だから、海外の人と芸術を観ることとかあるけど、ほんとに最初の一歩が違うんですよ。日本だと、作られたものに対して、"これ芸術です"って教えられてる部分があるけど、海外の人達は自分からどんどん行く。自由研究だと感じることがあるんです。ずっと夏休みの宿題の自由研究をやってるみたいな。

澤田分かります。

クルーニー私はそれがうらやましいし、それが普通の形なんじゃないかと思っていて。

澤田向こうで出会った人で、マニアックな音楽が好きだって人がけっこういて、話を聴いてみると、その人は自分では音楽を演奏しないけれども、そういう音楽が好きで、探して聴くのが好きだって言うんですよ。でも日本だとそういう変わった音楽って、ラジオにしてもテレビにしても、普通だと耳に入ってこないから、知らないまま、過ぎて行っちゃうんだけど。彼らはそういうのを自分で探していって、これが自分としては面白いとか、リスナーとしても発達してて、趣味がハッキリわかりやすいんです。

クルーニーそうですね、たぶん、私たちより若い世代の方がそうなっていくのかなって。

澤田そうかもしれないね。

クルーニー今、ほんとにいろんなものがあるから、選択肢が増えて、かえって今の方がいいのかなって。

澤田ちょっと御質問なんですがクルーニーちゃんってお年はおいくつなんですか?

クルーニーあ、私は34歳。うふ。

澤田あぁ、全然若い、僕より20歳若い。

クルーニー好きですぅ。

澤田困りましたねぇ(笑)。あははははは。

クルーニー年だけどんどん取っていくっていう。

澤田でもまだ34歳だったら。さっき言ったように僕が最初にヨーロッパでライヴをやり始めたのは43歳かな・・。40歳超えてからなんで。エンジニアの仕事も30代からだし。年齢に関係なくやろうと思えばできるんじゃないかなって思います。若い人で30歳になったらもうダメだって人、けっこういるじゃないですか(笑)。

クルーニーそうなんですよ、やっぱり私も20代のミュージシャンの友達も多いので、、私も20代の頃にすごく悩んだのですごくわかるんですけど。言いたいですね、全て悩みは無駄です、みたいな(笑)。30歳になったら全て悩みは消えます。

澤田実は僕もそうだったんですよ(笑)。今、こういうふうに言ってるんですけど。20代の時は、30歳になったら死んでもいい、死ぬしかないみたいな感じで考えてました(笑)。

クルーニー(笑)。それでいい芽がつぶれていくんだろうなって思うし、やっぱりそういう社会だし、しょうがないなって思う。

澤田うん。なんかそこが植え付けられてるって感じはする。

クルーニーだから、外国人からするとなんでそんなに焦ってるのみたいな。私、32歳の時に「海外行って、もっといろいろ周っちゃえば?」って言われたんです。それ、もう目からウロコで!日本だと絶対言ってくれない。やー、デイヴィット(クルーニーちゃんの過去の恋人の一人)すごい!みたいな。

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クルーニーせっかくなんで澤田さんの人生のターニングポイントについてお話してもらおうかな。

澤田学生時代、僕はドロップアウトしてたんですが、"ヘルマンヘッセ"というドイツ作家のアウトサイダーをテーマにした作品に出会って後戻りできない状態になって。

クルーニー共感したってことですよね。

澤田はい。

クルーニーどの辺に共感したんですか?

澤田出てくる主人公がだいたい苦行というか、いろんな面で苦しんでる人なのね。要は社会に入り込めないんだけど。自分はこういう社会で生きていくのではなくて、本当になりたい自分があるのではないか、みたいなのを探し続ける。
おもしろいのは、主人公に社会の中で揉まれてダメになる瞬間っていうのが必ずあって、そこから立ち直って聖なる自分になっていくみたいな、そういう話が多いんですよ。
"シッダールタ"っていう物語もあって、それもお釈迦様の出家の様子を描いているんだけど。僕らの考えるお釈迦様のイメージって聖人というか立派な人って感じだと思うんだけど、そのヘッセが描いてるのは、堕落して、女性関係めちゃくちゃになったりとか、ギャンブルはまったりとか、欲望の世界に堕ちた後にパーッて初めて開いていってそこからやり直していく、みたいな物語で。(正確には主人公シッダールタと聖人である仏陀が別人として描かれている) それがおもしろくって。自分にとってはそれがすごく嘘がないなっていうか、、、本当はやっぱりこうじゃないかな、みたいな感じがして気に入りましたね。

クルーニーへぇー。そういうのに感銘を受けて、自分のやりたい事とかが明確になっていったと思うんですよね。最終的に澤田さんはもうドイツにも行ってらっしゃってて。何が大きく自分をそうさせたんですか?

澤田なぜドイツかっていうのがなかなかわからないんだけど、、、うーーーん、、なぜドイツかってことは置いとくとして、ヨーロッパへライヴをやりに行ったときに街の空気とか人々の感覚とかが絶対に自由だった。自由で優しいし、日本みたいな息苦しさがないってのは旅行してた段階でもう感じてたのね。で、すごく考えたのは、そういうところで生活してたら、今日本にいてすごく思い悩んだり、苦しんでる部分とかから脱皮して、むしろ子どもの頃の純粋さとか素直だった自分とかを思い出せるんじゃないかと思ったんですよ。
音楽をやりたいってのはもちろんあったけど、それよりも心の問題が一番大きくって。もちろん心がきれいだったらいい音楽も作れるっていうことだと思うんだけど。それが一番大きかったですね。ただ音楽やってお金になるとかそういう事だけじゃなくて。

クルーニーちょっと掘り下げていいことなのかわかんないんですけど、海外に行ったらもっと心がクリアになるんじゃないかっていう、その心の問題っていうのはどういう感じだったんですか?

澤田うーーん、単純にやっぱり息苦しい、、人間関係とかすごく大変だし。子どもの頃にトラウマ受けたとか、そういうのはもちろんあるんだけど、それよりもうーーーん、空気感かな?

クルーニー例えばどういう感じですか?私は外専だからわかるんですけど、文字に起こすとどうなのかなって(笑)。それはドイツで、ですか?

澤田うーん、全体的にそうだけどドイツが一番そういう感覚は開いてるかな。

クルーニーじゃあ、例えば、知らない人にも「こんにちは」って声をかける感じですか?

澤田そうそう、一人一人があんまり裏表がない。日本人ほど裏表を感じなくてすむ。

クルーニーあーーー、やっぱりねー。

澤田それは言語だけの問題だけじゃなくて、その人の持ってる空気、オーラみたいのが裏表ない感覚がして。みんなが割とそうだから、話をしててもオープンに楽しい!って。

クルーニー「Yeah!Yeah!」みたいなね。日本みたいに心の中では「マジ帰りたいんだけどー」ってのがないってことですね。

澤田ないないないない!腹がたったら本当にムッとしてるし。これはダメだよってこともはっきりダメって言うし。そういう裏表がないのが日本と全然違うなって思って。

クルーニーそうですね。やっぱ襖の文化じゃないし。そういうのに惹かれていって、音楽もいろいろ出会いがあって、あ、行こうかなって決めた?

澤田そうですね。1回は移住してみようって思った。僕は初めて海外へ行ったのが、昔やってた仕事の流れだったんですが、そういうのがなかったらいきなり海外に行くっていうのはハードルが高かったんじゃないかな。。

クルーニーそうですよね。私もそう思います。

澤田20代のときにたまたま仕事の関係で行かせてもらったんだけど、やっぱり最初はすごく怖くて、出発の2週間前くらいから完全に不眠症になりました。

クルーニーあー、やっぱりドキドキしちゃって?

澤田うん、2週間くらいぜんぜん眠れない日々が続いて。なんていうか未知の世界・・?死ぬんじゃないかっていう感じ(笑)。先が見えないっていうか。

クルーニーちょっと隣町に行くってのとはわけが違いますもんね。

澤田ものすごい緊張しました。でもそれが仕事で、会社が切符も取ってるし、行かなきゃいけない!でもたった一人で、みたいな。しかも40日間も行かなきゃならない。

クルーニー長いですね、夏休みと同じくらいですもんね。

澤田向こうで全く一人で過ごさなくちゃいけないっていうのは、、、

クルーニー苦行ですね。

澤田そうそうそうそうそう。

クルーニーあら、リンクした!苦行だ。

澤田でもそれをやったおかげで、ひとつ開いたことは確かかな。

クルーニーあぁー、やっぱりそういう経験なんですかね。

澤田クルーニーちゃんは、どこか行ったことあるんだっけ?

クルーニーあ、私、ただの旅行だったらあるんですけど、でもアメリカとか行ったことなくて。シンガポール、マレーシア、韓国しかないです。

澤田あぁ、でも3カ国は行ってるんだ。じゃあ、確かに日本と違うのはわかるよね。

クルーニーあぁ、確かにそうですね。全然違うっていうのもあって。でも私、その時は全然外国に興味なくて。なんていうんだろ、ただ退屈、みたいに思ってたんです。私、静岡出身なんですけど、、

澤田僕と同じだよ。

クルーニーあれ、どこでしたっけ?

澤田沼津市。

クルーニーあら、ご近所ご近所〜!沼津市だったら〜。

澤田静岡市だっけ?

クルーニーそうなんですよー。静岡市って海もあるじゃないですか?けっこうサーフィンとか好きな子はすぐ海外行ったりとか。わりとワーホリで海外行く文化があるんですよね。沖縄とちょっと似てるんですよ、その辺。沖縄の人達もけっこう留学経験多いんですけど、なんかそういう感覚で割と仲いい友達がみんな行ったりしてて。
あと画家の子もいて、その子はスペイン行ったりとか。なんかそういう話を聞いていて。"ゲンジは性格的に絶対海外が合う、お前はこんなところにいる人間じゃない"ってずっと言われてて。でもぜんぜん興味ないんですけど、みたいな。

澤田うんうんうんうん。

クルーニー私、きたものに対して、何でもぱっと好き嫌いをジャッジして、嫌いだったらもういい!ってやっちゃうタイプなんですけど。あるとき、人生それじゃおもしろくないんじゃないかと思って。それを受け入れてみようと思って外国人、外国を視野にいれてみようと思って。

澤田いくつぐらいのときですか?

クルーニーそれが28、9歳くらいですね。それで広がりましたね。自分が思い悩んでいたものが海を渡ったら、え、なんでそんなことで悩んでたの?って簡単に言われちゃうことにびっくりした。なんでしょうねー、ターニングポイントでもありましたけどね、それは。

澤田ゲイの文化としては、アジア圏よりもヨーロッパの方が開けてるのかなと思うんだけど。

クルーニーそうですね、LGBTは間違いなくそうですね。

澤田そういう点での興味はあるのかな?

クルーニーうーんと、そうですね。ゲイの世界とかLGBTの括りで言ったら、私は20〜30%くらいしかないです。その辺の盛り上がり具合いとかニュースになったりとかもあるんですけど。興味としては、、

澤田なるほど、、、じゃあ、そういうのも気にしないでやれてる感じなのか。
静岡からは何のタイミングで東京に出てきたの?

クルーニーゴリゴリのバンドをやっていて。ロックンロール最高!みたいな。それでみんなで行くぞーって来たのはいいんですけど、静岡ってルーツミュージックが盛んで。

澤田どこのルーツ?

クルーニーブルース、サイコビリー、ロカビリー、ハードコアもジャパコアって言われるジャンルのやつ。要は怖い方多かったですね、当時は。私は売れたいって思ってて、この町は過去のものを繰り返すことを好んでいる世界だし、ダサいみたいになって。"私、シティ派!"って思って、東京へ出たんです。で、挫折しましたね。東京ってやっぱりいろんな音楽がくるんで、洗練されてるなって思ったんです。

澤田確かに。それは僕もあった。最初はやっぱり、色々やろうと思っても自分よりうまく出来る人がいっぱいいるじゃんみたいな。今となっては別に比べることじゃないなって思えるんだけど、当時はまだ若いから、なかなかそういう風に思えなくて、自分のやる意味がないって何度も思った。でもだんだん感覚的に開いていったり、逆にこれはできるんじゃないかとか、こうやってもいいんだみたいなのは出てきました。

クルーニーそうですよね、選択肢はいくらでもあるんだって。東京ってやっぱりとっても刺激があると思いましたね。

澤田音楽以外でそういうのはあった?こっちに出てきて。

クルーニー音楽以外の選択肢は"生き方"ですね。20代を生きていくと、ある一定の期間で結婚とかしますよね、地元って。だれだれが結婚したとか。私の中で東京は一番自分らしく生きられる場所で、それは土地の時間の流れが関係ないからなんですよね。28歳独身でもいいし、28歳フリーターでもいいし、そんなに言われないっていうのは感じました。

澤田そういう意味でいえば、僕はその延長がベルリンだったんだと思う。僕も静岡から東京出てきたときにやっぱり挫折する部分と同時に開いてる部分も感じて、それで今度は東京からドイツとかベルリン行った時にそれをまた感じて、っていう。

クルーニー素敵なところですね、ベルリン。

澤田ベルリンは一回行った方がいいと思う。とにかくクラブはおもしろい(笑)。

クルーニーえー、どうしよう。ハマっちゃう。

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