5

クルーニーどうしたら自分らしく生きられると思いますか?

澤田いやぁ、それは、、、自分自身が自分らしく生きられてるのかどうなのか、わからないので、、、そこまで行きついてない感じの方がつよい。

クルーニー一緒、一緒(笑)。傍からみたら自分らしく生きられてるように見えるのかもしれないけど。

澤田んー。だから、今回店長からそういう風に言われて、そうなのかなって思う部分は確かにあるんだけど、自分としてはやっぱり、、、ないものねだりかもしれないけど、日本に帰ってくるとやっぱり息苦しいし。

山崎私がどうして二人に対してそう思ったかっていうと、一種の執着心みたいなものがすごく強いなって感じて。例えば、仕事や暮らしに対して、自分が望んでいないことでも、まぁ、しょうがないよねって受け入れて、それをストレスとも感じないレベルまでいってる人ってすごく多いなって思うんです。そんな中で二人は、自分のやりたいことに対して、もしかしたらうまくいかないかもしれないって気持ちはあるのかもしれないけど、常に何かをやろうとしているっていうか。
クルーニーちゃんもパートナーって必要なのかなぁと言いつつも、常に誰か男性を探しては一緒に過ごしてみたりしてる。なんというか立ち止まらないところが自分の人生に対してすごく強い思いで生き抜いてるんだろうなって感じたんです。

クルーニーなるほどね。そうかもしれないね。ま、単純にキノコ好き。キノコ狩り〜つって。

澤田そうですね、僕も日本で息苦しさを感じてきたけど、それは変えられないじゃない。自分で世界は変えられないけど、住む環境とかは変えられるから。

クルーニー肌に合うか合わないかですものね。

澤田そういう点の努力はできる、それはポイントかなとは思う。

クルーニー確かにそうですね。

澤田もちろん原発に反対したり、戦争に反対したり、状況を変えるための努力は必要だけど、、、逆に違う環境を体験することで「変われるかも」って気付いたり、、、自分の考え方を変えることで、周りの人に影響を与えることは出来るので。

クルーニー確かに私も痛感する部分があって、幼少期に色々あって、私が変わらないと、世界、、というかすぐそばの環境って絶対変わらないって、小さいながらに思ったんですよ。その時に何ができるかっていうと、自分が変わるしかないんですよね。

澤田子どもの頃から、そういうオープンな発想が出てきてた感じ?

クルーニーそうですね、割と、自由に生きさせていただいてるというか、そういう性格だったんでしょうね。思ったことはばっと言ってしまうような、、あまり閉じこもるタイプではなかったんです。

澤田それで周りとの軋轢とか、苦労した点とかあります?むしろオープンになっちゃえば大丈夫なの?

クルーニーけっこう、なんとなく苦手な人っているじゃないですか?それって年を取れば取るほど、露骨に出るんですよ。で、私は常にポジティブに考えたいって思ってるんです。ネガティブに考えるのってラクだから。そっちにいきやすいじゃないですか。
むしろ、私はそういう時にはなるべくいい可能性を考えてみて、「なんであの人そうするんだろう、あっ好きなんだ!イヤよイヤよも好きのうち」ってそういう風に考えるようにしたりしてなるべく誤魔かしてましたね。

澤田あぁ、なるほどね。

クルーニーそこを追求しても無駄なんですよね。悩んだ時期もありますし、なんでああいう風に言われちゃうんだろうとか。
ミュージシャンの中でも私と同族の方々がいらっしゃると思うんですけど、それだけでも悩んでるし、音楽でも悩んでるし、、って二重で悩んでる方ってけっこう多いのかなって思ってて。私はそういう子には私のオススメの動画とか見せたいです。

澤田そういうものがあるんだ?

クルーニー有名ではないけど、フランスで人気の40〜50代でパンクロックをやっているゲイの方達とか。フランスはその辺は先進国なので。芸術は芸術として認める部分があるので。 私も最初は隠して、カッコつけてやってたんですけど、人ってなぜか、隠すと見抜くんですよ。"変、違和感" みたいな。人って違和感があるとその人が何やってても入ってこないんですよね。で、違和感が解けたときに初めて、あっそうなんだみたいな感じで、初めてその人のことを見てくれるんですよ。これはほんとに色んなことに通ずるものかなって思っていて。
やっぱ隠し事している人の言葉は入ってこないなって思って。で、そのハードルを越えて隠さずに出すっていうのもすごく勇気がいることだと思んですけど。でも意外と物事って自分が思ってるほどみんな気にしてないって言うか。私がオカマであろうがなかろうか、そんな気にしてない。気にする人は、さっきも話したと通り、ポジティブに考えて、自分に気があるのかなみたいな(笑)。
関わらなければ違う世界にいる方だし、関わらなくてもいい。選べるんですよ、ジャッジしながら。

澤田そういうオープンになっていく感覚とプロフィールに書いていた、ブランキージェットシティを聴いた後に歌い始めたっていうのはなんかつながる部分があるの?

クルーニーまったくないんです。

澤田それは別の感覚としてきたんだ?

クルーニーそうなんです、私は声がコンプレックスだったんです。小さいころから声が高かったんです。見た目も女の子みたいだったから、周りから女扱いをされてて。男の子たちみたいにPUMAの短パン着たいって憧れてもやもやしてた部分があったんです。
で、あるとき、浅井さんの歌を聴いて。浅井さんは声が高いんですけど、すごく男っぽい不良な感じがして、しかも優しい言葉とか優しい歌を歌うんです。はっきり言うと、共鳴したんです。私が歌ってると思ったんです。私にも出来るって。

澤田なるほどねぇ。そのときまでそういうスタイルの人っていなかったの?

クルーニーあぁ、いなかったかもしれないです。私は5人兄弟なんですけど、家の中では、1番上のお姉さんはアイドルとか光GENJIとかで、次のお兄さんはハードロック、モトリークルー、ガンズ、そういう感じ。真ん中のお兄さんはグリーンデイとか、ノーエフエックスとかで、その次のお兄さんは渋谷系なので、ダンサーみたいな、ヒップホップとか。だからジャンルがすごく分かれいて、それが家の中で、色々と流れてた。クラプトンの次はハードなのが流れたり。

澤田すごいおもしろいね。みんな音楽好きだったんだね。

クルーニー母親と父親はシャンソンが大好きで、父親はダンス踊るのが得意で。家にレコードがあって、みんなが好きなように聴いて、ピアノがあって。そういう環境でした。

澤田音楽的に恵まれていたんですね。じゃあ、5人子供がいて、ご両親と7人家族ですか?

クルーニーあと、お手伝いのおばあさんがいて、その方がいろんな事情があってうちの親が一緒に住もうって家族として迎えてて、私たちはそのおばあさんに育ててもらっていた。

澤田へぇ。家庭自体がすごくオープン。

クルーニーちょっとクレイジーですけどね(笑)。当時、周りからしたらそういうスタイルってハイカラすぎるんですよ。私はそのおばあさんのことを"おばちゃん"って呼んでたんすけど。周りからしたら、"おばちゃん?"って。近所からもどういう家庭なんだろうなって感じでみられてた。でも気にしなかった。母が夜の商売もしていたのもあって、強かったのもあったし、私自身も色んな血が混ざっていて、純粋な日本人じゃないので、強いんですよ、差別とかに対しても。

澤田ある意味、家庭にも恵まれていたような気もするけど、、、(笑)。クルーニーちゃんが自分らしく生きることの土台となっているのは多分それなんだなって、思うんだけど。でもそうなると、自分らしく生きるためには環境が必要ってことになると話が終わっちゃうから(笑)。

クルーニーそうですね、たまたま恵まれていたっていうだけで。でも私はずっと「お前オカマっぽいよな」って言われてて。親もたまにいうんですよ、「お前ゲイボーイか」って。大人たちによく茶化されててそれが一番嫌いだった。子どもの時はよく理由は解ってないけど、"将来オカマになるな"って言われることが差別的だなって感じてたのを今ならわかるんですけど。その発言がすごく嫌いで。

澤田今、兄弟家族は知ってるの?

クルーニー知らない、今も疑惑のままです。私は持論があってカミングアウトはしないタイプなんです。外の世界では言うけど、家ではしない。マツコ・デラックスさんと一緒です(笑)。

澤田えっ?マツコ・・・?

クルーニーあ、有名な芸能人です。

澤田はっはっは。知らないですね。(すみません。あとで検索して調べました。あの方ですね・・・)

クルーニー家族はまた別なんですよね。家族は私がゲイだろうか、そうでなかろうが、意味がないと思っていて。そうでなく、一人の息子としているから、それはそれでいいやみたいな。

澤田そうなんですね。

クルーニー今日、、「自分らしく生きる」ってことで澤田さんと話してみて、私と澤田さんって性格的には違う面があるのかなって思ったんですけど、でもそういうのは関係ないんだなって思った。コミュニケーション能力がどうとかじゃなくて、自分がどうしたいかってことと向き合うのが大事だなとすごく感じました。"Yes" or "No" は、自分自身にはちゃんというべきかもしれない。

澤田結局"自分を知る"みたいなことですよね。自分が自由に生きてるとは思えないんですけど、もし誰かに何か意見を言えといわれたら、結局自分を知っていくしかないということだと思います。その中から自分の道を見つけていくしかないじゃないですか。
もし可能であれば、中学とか高校とかで自分史とかさ、なんかそういうの勉強させてもいいかもしれない。

クルーニーあ〜素敵〜!

澤田自分の出来事年表とか作って、進学とか、就職について考えるときに、自分はこういう性格なんだとか、自分に認識させるようなシステムがあったらいんじゃないかと思います。その後の人生を考えてゆく素材として。

クルーニー私もそれはいいな〜と思うなぁ。自分はこうだからナントカみたいのってあると思うの、私もあるんだけど。いいとこ伸ばしてこ!みたいな。男好き!よし一緒にガンバろ、よし男狩ってこ、みたいな(笑)。なんかそういう感じで。
やっぱアベレージヒッターも必要なのかもしれないけど、私は、それよりは、その人の個性としていいところをどんどん自分で伸ばすのがいいと思う。そして、いいところ伸ばすには、やっぱり悪いところ知らないといけないから、自分ってどんな人間だったんだろう?っていうことと向き合って、昔から堀りさげてって考えるというか。そしたら、もっと楽しい人生になるのかな〜? 私はまだ人生の途中だからわかんないけど!そんなことを枕濡らしながら考えることもあるけど(笑)。ただ、それで生きるのをやめる人もいるから、、ミュージシャンは特に。そういうのだけは、、、ね。そういう人ほど私と出会ってくれたら、楽しいこと教えちゃう!暗い気持ちになったら私と飲んで欲しい!

澤田「お待ちしています」みたいな感じで、終わりますかね(笑)。

1 2 3

SAWADA

20代、音楽雑誌「Marquee」編集部にて編集や執筆を担当。在職中、編集部が同時経営していたレコード店のために海外買い付けを経験。一人で40日間ヨーロッパを周遊し、マニアックな中古レコードを買いあさるという仕事が初海外。
30代前半、退社後にサウンドエンジニアを志し、ライヴハウス見習いからスタート。同時に様々なバンドでドラムを演奏しはじめる。この頃、黎明期のゆらゆら帝国に参加。
40代前半、ロックバンド、マーブルシープのメンバーとして、2006年のヨーロッパツアーに参加。この時、伝説的なドイツのバンド、ファウスト(Faust)のメンバー、ヤン-エルヴィ・ペロン(Jean-Herve Peron)に個性的なドラミングを認められ、翌年、彼の主催するフェスティバルに個人的な形で招聘される。この一連の流れにより海外での音楽活動に目覚める。
40代後半、ネクストサンデーで働き始め、ライヴPA、レコーディング共にサウンドエンジニアとしての仕事を充実させる。
2011年 ソロユニットsnare drum soloをスタート。
2015年 アーティストビザを取得しドイツへ移住。
2017年 日本とヨーロッパを行き来し、演奏とサウンドエンジニアをかけ持ち。

対談中に出てくるトラウマについて: 幼児期、病弱であったがため、親の配慮により、女子用のタイツをはかされて幼稚園へ通園。このことが原因で、同じ幼稚園に通う女子数人から性的な虐待を受ける。高校生の頃にはこのトラウマを忘れ去ってしまい、思い出さなくなった。
30代後半、周辺にいた女性との交流で、突然、幼児期のトラウマを思い出す。それが、忘れていた時期の自分にどの様な形で影響を与えていたのかをやみくもに考えはじめ、その精神的な不安定さから周辺の女性に対して良好な関係性を保てない日々を過ごす。
その後、セラピーやカウンセリングを経験。スピリチュアルな物事にも理解を示すようになり、考え方や生き方が柔軟になってゆく。もともと大雑把な性格ではあったが・・・(笑
今では、性に関する問題は個人だけのものではなく、広く考察される必要があると考えるようになった。

GENJI CLOONEY (ゲンジクルーニー)

生まれた時から中年層〜燻銀の男性と寝るただのオカマ。
たまにミュージシャンの皮を被り演奏していた。
現在は夜な夜な海の向こうからやって来た黒船達と遊んだり遊ばれたり。ギターは弾きますがあくまで男を釣るエサです。

12周年トップへ

ページのトップへ


cl